当サイトは私西村一郎のルポ及び著作物、ボランティア活動等の紹介ページです

海があふれて -津波に負けないスリランカの人々と共にー
2006年9月 西村 一郎
はじめに 海があふれて

「海があふれたぞー!」
「波が襲ってきたぞー!」
「みんな、逃げろ!」
「走れ、走れ!」
叫び声に、人々は大混乱となった。
逃げる母親の胸で泣きわめく幼子、
ドアを閉め木製のベッドの下にもぐり込み、ふるえながらお祈りする子ども、
手をつないで必死で走る小さな姉妹もいた。
足腰の弱い年寄りは、自分にかまわず子どもや孫たちに逃げろと指示した。
「ザザー」
1回目の波は家の床をぬらした。
「ゴゴー」
2回目の大きな波は、塀や壁を倒した。
「ドドドドー」
3回目もの天を突く波は、村や町の全てを壊して押し流した。
その間、わずか5分。
津波が去った後で、がれきの山となった村や町には、衣服をはぎ取られ傷ついた老若男女の遺体が散乱した。
コンクリートの屋根や大きなヤシの木にしがみつき、泣き叫びふるえている女や子どもたちがいた。
2004年12月26日午前8時、スマトラ沖に発生したマグネチュード8.9の巨大地震は、大きな津波となって約1時間後にスリランカを襲った。行方不明を含め4万人近い死者を出し、その中には子どもや高齢者も多く含まれている。
家や家具などの全てを無くした被災者は、数ヵ月のテント生活から多くが木造の仮設住宅に移り、今も家族や隣の人たちと助け合って暮らしている。
1章 津波の中で
① 塀につぶされて死んだお母さん

海があふれて大きな波が来て、お母さんが倒れた塀の下になった。
「助けて!」
ぼくが叫んだら、2人のおじさんが走ってきて塀を持ち上げようとした。
けれど少しも動かない。
そこに次のもっと大きな波がやってきたんだ。
全部が大好きだったお母さん。
お父さんやお兄ちゃんがいるから寂しくないよ。
でも、もう一度だけ抱っこしてほしいな、お母さん。
② 弟2人と一緒にお父さんも亡くなって

将来はおまわりさんになりたいな。
津波のとき、ぼくとお兄ちゃんとお母さんが走り、
すぐ横を2歳と1歳の弟を抱っこしたお父さんが走っていた。
すると急に大きな壁が倒れて、お父さんたちにかぶさってしまったんだ。
そこにまた大きな波がやってきた。
漁師で泳ぎも上手だったお父さんだけど、弟たちを抱いたまま死んでしまった。
夢で思い出すたびに、「お父さん!」と叫んで目を覚ますんだ。
明るいお母さんがいるので、やっと笑うことができるようになったよ。
お父さんの大きな腕枕で眠りたいな。
③ お母さんのお腹の中で

津波のとき私は、お母さんのお腹の中で7ヵ月目だったのよ。
怖かったわ。
お母さんが泥水の中を、何回も何回もころがって流されてしまったの。
水の中で板切れやトタンやレンガが当たり、お母さんの着ているものは全部流され、
体中に切り傷ができて血が流れていたわ。
もっと大変だったのは、粉のような砂を海の水と一緒にたくさん飲んでしまったこと。
水から助け出されたお母さんは、目まいがするし呼吸が止まるなどして大変だった。
すぐお兄さんが病院に運んでくれたので、やっと私たちは助かったの。
手当ての遅れたたくさんの赤ちゃんが、お母さんのお腹で亡くなった。
友達になって遊びたかったのに。
④ 長い髪で引き上げてもらい

私の自慢は、胸まで届く長い黒髪。
洗うときは大変だけど、私の大好きな長い髪。
あの日、逃げているとアッという間に水に巻き込まれてしまったの。
ゴロゴロ転がって、何回も頭や足が地面や壁にぶつかったわ。
目を開けることもできなくて、ただ私は流されるだけ。
大きな木やコンクリートの家にしがみつきたかったけど、流れが速くて無理だった。
泥水を何度も飲み込んでしまい、もうだめかと思った。
水の中で意識がスーと消えそうになった、そのときよ。
グイッと私の髪の毛を引っ張って、水から取り出してくれた男の人がいたの。
「助かった!」
屋根の上で横になったとき、怖かったことと嬉しさで、私はしばらく泣きじゃくっていた。
⑤ ヤシの葉にしがみついて

ぼくが家の前で遊んでいると、「海があふれた!」って聞いた。
ビックリして横の川へ走ったよ。
そしたら川も水があふれていて、また家の方に戻った。
大きな波が来て、今度はザーと海に引き込まれた。
そこにもっと大きな波がやって来て、次は川の方へ流された。
泥水の中で体が何回も転がったよ。
板や石が、いくつも背中や顔に当たって痛かった。
このまま死んでしまうのかと思った。
何かをつかもうと、必死で両手を広げていたんだ。
やっと触れたのは、ヤシの長い葉っぱ。
手が切れて痛かったけど、離さずにいた。
やっと水が引き、大人が3人も来て下ろしてくれた。
とっても怖かったよ。
⑥ 「逃げろ!」と叫んだおじいちゃんが亡くなって

大好きなおじいちゃんとおばあちゃんは、ぼくたちのすぐ隣で暮らしていた。
お話上手のおじいちゃんと、甘いおかしのドドル作りの名人だったおばあちゃん。
あのときも、みんなで座っておしゃべりしていた。
「海があふれた」って聞き、お父さんもお母さんもビックリして立ち上がった。
「わしらはいいから、子どもと逃げろ!」
おじいちゃんの大きな声がしたよ。
お父さんとお母さんは、ぼくたちの手をとって表に出ると、海と反対に向かって走った。
たくさんの人や家が流されていくのを、ぼくたちは高台からジッと見つめていた。
おじいちゃんとおばあちゃんの無事を、みんなで仏様にお願いした。
けれどおばあちゃんは次の日に冷たい体で見つかり、おじいちゃんは行方不明のまま。
いつまでもぼくは、おじいちゃんとおばあちゃんを忘れない。
⑦ 屋根の上で

やっとのことではい上がったコンクリートの屋根の上で、私はブルブル震えていたの。
大きな波が、たくさんの人や物を流していったわ。
「助けて!」
こちらに向かって手をあげる人が何人もいた。
おじいさんもいれば、おばあさんもいたし、小さな子どもたちもいた。
何もできずに、私は両手を合わせて泣いていたの。
木の家が流されていく。
ヤシの木が流されていく。
車が流されていく。
冷蔵庫が流されていく。
「ゴツン!」
何回も家の柱に何かぶつかってヒヤリとした。
あのときの震えと悲しみを、私はときどき思い出す。
⑧ 家族が宝

長年働いて、家族のため買った物が津波で全部流された。
ベッドやテーブルや椅子も全て無くなった。
ローンの途中のテレビや冷蔵庫も、押し寄せた水がどこかに運んだ。
服や靴も流されてしまい、食べ物の蓄えもまったく無くなった。
全部を無くした私だが、大切な妻と4人の子どもたちが無事にいるだけで、
最高に幸せなことが改めてわかった。
⑨ 津波を信じず死んだ人

「海があふれるわけがない」
豊かな知識を持ったある人は、外の様子を見ようともせず村人の叫びを
頭から信じなかった。
無知な村人の錯覚かデマと決めつけた。
地震も津波もない国である。
津波を想像できる人は誰もいなかった。
しかし、現実の津波を目の前にして早く逃げた村人は助かり、
思い込みで事実を見なかったその知識人は死んでしまった。
⑩ 海がこわい

好きだった海が、もっと大好きだった友だちをうばった。
好きだった海が、ぼくの右腕を折った。
好きだった海が、ぼくの体を傷だらけにした。
好きだった海の中で、ぼくは意識がなくなった。
海を見るのがこわい。
海の魚を食べなくなった。
海岸近くの学校から、山の学校へ転校した。
海のバカヤロー、海なんて大嫌いだ。
だけど、いつかまた海と仲良しになりたいな。
⑪ 他の動物は逃げたのに

身の危険を感じた野生の象は、密林の中へ入っていった。
いつも人のまわりにいる犬や猫たちも、海辺の村や町を離れた。
道端で草を食べていた牛は、大きな体で山を目指していた。
町や村で群れていた羊もすばやく逃げた。
あらゆる動物は、津波の危険を感じて海から離れた。
ただひとつだけ、自然の征服者と錯覚しているヒトだけが、
潮の引いた砂浜にはねる魚を目がけて駆け寄り死んだ。
2章 仮設住宅で
① 誕生日会

生まれたときから肺に穴があり、少しでも走ると顔が真っ青になってしゃがんでしまう。
早く手術したいけど、家はその日に食べるだけで精一杯。
お母さんとお父さんが、5人兄弟の私だけに誕生会をしてくれるの。
仮設住宅中の人たちが、プレゼントを持って次々に来てくれたわ。
きれいなカードやリボンの付いたおいしいお菓子や果物もあった。
「はやく元気になってね」
誰もがそう言ってくれる。
みんな大好きよ。
② ぼくも家族の1人

ぼくはトビー。6ヵ月の子犬だよ。
「強い男の子」という意味だけど、まだ小さくてキャンキャン鳴いている。
いつもお母さんが恋しくて、人が来るとズボンやスカートのスソをかんで甘えてる。
生まれてすぐに捨てられたとき、仮設住宅の世話係りで優しいウジャッタさんが
拾ってくれた。
津波で仕事がなくなり、4人の子育てで大変なのに、ぼくにも毎日食べ物をくれるんだ。
だってぼくも家族の一人だもの。
③ どこも我が家と同じ

毎日が楽しくてしかたがないの。
歌って踊ることが大好きだし、
おしゃべりやかけっこや食べることもだ~い好き。
きのうは隣のおばさんの家で食べ、
その前は別の家のおばさんので食べたのよ。
だってどこでも、「食べていきな」って言ってくれるんだもの。
④ 日本語を勉強中

「コンニチハ!」
わたしは、小さいときから外国の言葉に興味があったわ。
高校生になる試験には、英語やフランス語やドイツ語や日本語があって、
どれかを選ばなくてはならないの。
日本の旅行者に会ったときから、ぜひ日本語を話したいと思ったの。
「オハヨウ ゴザイマス」とか「オゲンキ デスカ」と日本語で言えるわよ。
いつか日本語の先生になって、日本のお友だちをたくさん作りたいな。
⑤ クリケットの選手に

クリケットの選手はみんなのあこがれ。
一流の選手になると、新聞やテレビにも顔が大きく出る。
赤いボールを力いっぱい遠くまで飛ばし、誰よりも早く走る。
プロになると、お金をたくさんもらうことができるよ。
大きな家を建て、美味しい物をいっぱい食べ、家族のみんなに好きな物を買ってあげる。
だからぼくは、がんばってクリケットの一流選手になるんだ。
⑥ お絵かき大好き

白い紙に、いろいろなクレヨンを走らせる。
真っ赤なお日様が笑っている。
緑の林や草原が広がっている。
青い小川が流れ、魚が泳いでいる。
空には黄色い小鳥たちが歌っている。
津波のない、いつもの景色を描くことが一番の幸せよ。
⑦ お姉さんの病気を治すためお医者さんに

生まれたときからお姉ちゃんは病気なの。
いっしょにかけっこすることもできない。
木登りもできない。
泳ぐこともできない。
学校にも行くことができない。
私はいっぱい勉強してお医者さんになり、きっとお姉ちゃんの病気を治してあげるわ。
⑧ ダンスが好き

「タンタンタン」
タイコのリズムに乗って、軽やかにステップをふむ。
「シャンシャンシャン」
両方の足首に付けた鈴が、心地よく鳴る。
赤や青や緑の民族衣装を着た私は、友だちと輪になって踊る。
両手を広げて鳥になり、自由に空を飛ぶ。
強烈なリズムがかけめぐり、体中が熱くなる。
⑨ 白い制服
学校に入ると、年に1回白い布をもらうことができる。
お母さんは、その布を使ってわたしの制服を作ってくれる。
お釈迦様が産まれるとき、夢の中でお母さんのお腹に白い象が入ったの。
だから仏教で白は、最も神聖な色。
授業があるときは学校へ毎日着ていくし、日曜学校にもそうよ。
1着しかないので、しばらくすると黄ばんでくるし穴もあくわ。
それでも白に包まれたわたしたちは、幸せ一杯よ。
⑩ 遊び場

仮設住宅の広場に、ぼくたちの遊び場ができた。
ブランコは、壊れた椅子の左右にヒモを付けている。
跳び台は、古いタイヤの半分を土に埋めてペンキを塗った。
すべり台や砂場もあるよ。
バレーボールのネットは、ヤシの木にくくり付けてある。
はだしでぼくたちは遊ぶ。
水たまりや牛のクソをふんでもヘッチャラだ。
⑪ 本が大好き

津波がたくさんの本を流してしまったの。
本で自分の名前を書くことや、お金を数えることもできるようになった。
すてきな歌も覚えたわ。
牛や小鳥やお魚の呼び方も勉強することができた。
手を洗うことや、食べ物の大切なことも理解できた。
お釈迦様の教えもわかるようになったわ。
シンデレラやピノキオも大好き。
本を読むと、頭の中が広がってワクワクする。
もっともっとたくさんの本を読みたいな。
