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研究誌2006年3月号
「食育の論点」 2005年12月29日
(財)生協総合研究所 研究員 西村一郎
・ はじめに
2005年6月に国会で食育基本法が成立したこともあり、最近は行政やマスコミなどで食育という言葉が多用されている。食に関心を持って自立し、自らの健康を管理するきっかけになれば、食育という言葉が国内に広がることの意味は大きいと評価してよいだろう。
ただし、どのような概念で食育という言葉を使用するかについては、個人や組織の思惑もあって、必ずしもまだ統一されているわけではない。類似する言葉である食教育や食農教育などとの区別がつかないままで、それぞれの思いを込めて使っている。これは生協においても同じで、この小論では、いくつかの代表的な食育の論点に触れ、それらをふまえて食育を、生活者や生協がどう受け止めれば良いのか考えてみたい。
・ 食育の遍歴
食育という言葉は、すでに明治の初期に一部では使われていた。1898年(明治31年)に石塚左玄が著した食による健康管理を説いた『食物養生法』や、1903年(明治36年)に村井弦斎の書いた小説『食道楽』や、1909年(明治42年)に村井の妻多嘉子がまとめた『弦斎夫人の料理談』に食育の文字が出ている。ここでは体育や智育や才育などと比較し、それらの基本に食育があるとして重要性を強調しているが、その中身についてはあまり具体的に触れることはなかった。このため食育という言葉が、知育や体育に比べると国民の中に定着するには至らなかった。
再び食育という言葉が出版物に登場するのは、1980年代になってからである。1983年(昭和58年)には飯野節夫著『非行・落ちこぼれは健脳食で治るー食育(食べもの教育)のすすめ』や、1988年(昭和63年)に真弓定夫著『お母さん!アトピーから赤ちゃんを守ってあげて:心ゆたかな子供を育てる食育のすすめ』が出版されている。
ここでは大学教授や小児科医の専門の立場から、子育てにおいて食の果たす役割が大きいことを強調していた。
こうして再び現れた食育は、1990年代になるとさらに広範囲で使用されるようになる。19993年(平成5年)には、当時の厚生省の保険医療局健康増進課が『食育時代の食を考える』を監修して世に出した。あわせて砂田登志子による海外における子どもに対する食の教育の取り組みが紹介されたこともあり、食の自立を目指す教育のあり方を食育とする流れが強くなっていった。
2000年に入って、食育を推進する行政の動きが活発化する。2002年(平成14年)には、まず農林水産省が、農政改革を進めるためにまとめた「『食』と『農』の再生プランにおいて、「『食』の安全、『食』の選び方や組み合わせ方などを子供たちに教える『食育』を推進」としている。さらに同じ年の閣議で、健康を増進するため「関係府省は、健康に対する食の重要性に鑑み、いわゆる『食育』を充実する」ことが決議された。この方針に沿って同年には、文部科学省、厚生労働省、農林水産省の連携によって食育推進連絡会議が設置となり、ここでは食育を「食生活の改善や食品の安全性に関する情報提供等」とした。
翌2003年(平成15年)には、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」において、食育を「人間力を養う柱」とし、「食の安全・安心確保の基礎となる『食育』を関係行政機関等の連携の下、全国的に展開する」ことに閣議で決めた。
こうした行政の動きは、2005年に制定された食育基本法へと収斂されていく。
・食育基本法について
第162回国会で成立した食育基本法は、食育について前文で以下のように位置づけし、健やかな心身の基礎であるとしている。
① 生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの
② 様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を拾得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる
またこの基本法を策定する背景には、同じく前文において以下の点があるとしている。
①「食」を大切にする心の欠如
②栄養バランスの偏った食事や不規則な食事の増加
③ 肥満や生活習慣病(がん、糖尿病など)の増加
④ 過度の痩身志向
⑤ 「食」の安全上の問題の発生
⑥ 「食」の海外への依存
⑦ 「食」に関する情報が社会に氾濫
⑧ 伝統ある食文化の喪失
こうした目的と背景の食育基本法の本文では、以下ことに触れている。
家庭における食育の推進/学校や保育所における食育の推進/地域での食生活改善の取り組み推進/食育推進運動の展開/生産者や消費者の交流の促進/農林漁業の活性化/食文化継承活動への支援/調査・研究・情報提供・国際交流の推進
なお民主党は、以下の理由で党としては食育基本法の制定に反対した。
「1.本来、「食」とは個々人の選択と自由にまかせられるべきものであり、個人
の「権利」たるその内容について国家が介入すべき性質のものではない。もとより健全な食生活のあり方を国が規定し、しかも基本法のかたちで、国民に協力や責務を押し付けることは慎重に考えるべきである。
2. 国民や関係者に協力や責務を課す一方で、具体的施策については訓示規定に留まっていることから、法制定により何らかの直接的効果が生じるものではない。すでに文部科学省や厚生労働省が独自の施策を推進している状況を鑑みると、ことさら基本法を制定しなければならない積極的な理由は認められない。
3. そもそもわが国の食品行政は、さまざまな矛盾を抱えており、消費者が健全で安全な食生活を送るうえで、その前提となる環境が整備されているとは言い難い。健全で安全な食生活のための環境整備がないままに、「食育」の名目で法律を制定し国民に協力を強いることは、国の責任放棄であり、本末転倒だと言わざるを得ない。これら消費者の選択にかかる環境整備こそ、国が優先して取り組むべき事項である」
要は民主党として「食育」に謳われた基本理念は、基本法を制定することではなく、既存の各種制度や法律を改善していくなかで、消費者の権利の観点から実現していくべきと考え、実態の伴わない名目だけの法制定はむしろ行うべきでないとして反対した。
民主党以外にも食育基本法を疑問視する動きは一部にある。「官だけが一律に『食』を教育するのでいいか」とか、「不健康な食生活を見直し、当たり前の食事の大切さを再認識することに、多額の税金を使う必要があるのか」といった意見などである。
・ 食育について他の位置づけは
行政以外でも食育についてのイメージを、それぞれが独自の説明を加えている。
マスコミにも少なからず影響を与えた栄養専門学校の服部幸應校長は、以下の3点をあげている。
① どんな食材や食品が安全か危険かを知ることと料理・食体験
② 食事のマナー、しつけ
③ 環境問題、リサイクル、食料自給率
ほぼ同じような意味で、(社)全国調理師養成施設協会では、次の3点を食育の指針としている。
① 物の安全・危険を見分ける「選食能力」を身につける
② 食事についての躾(しつけ)をする
③ 食糧や農業、環境問題を意識させる
食品メーカーなどが協賛会員となっている食育・食生活指針の情報センターでは、「食育とは、国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食文化の継承、健康の確保等が図れるよう、自らの食について考える週刊や食に関する様々な知識と食を選択する判断力を楽しく身に付けられるための学習等の取り組みを指します」と明記している。
日本技能教育開発センターでは、食育を以下の4つの側面から構成しているととらえている。
① 食材について知る:機能(栄養面)、生産、流通、品質表示について
② 食の機能について知る:食材とその組み合わせについて、栄養バランスのとれた食事について
③ 食文化について知る:食と生活祭事、食の伝承について
④ 食材の扱いについて知る:無駄のない調理法、保存法について
食品メーカーも積極的に食育を広報に取り入れている。創立80周年を記念して国際食文化研究センターを立ち上げたキッコーマンは、食の国際交流と豊かな食生活を目指しているし、ネスレはホームページで「子どものお料理選びゲーム」を紹介して、楽しみつつ子どもが食育に参加することを応援している。
小売業ではイオンの取り組みが進んでいる。食育とは「食を通じて心身を育むこと」とし、食事体験学習会やふれあい収穫体験、おやこ健康教室、おすすめ健康レシピの紹介、生産者情報検索システムなどを展開している。また他の小売業と一緒になって日本版「5 ア デイ」運動を広げ、子どもや学校などでの食育に貢献している。
他方で、ジャンクフードとさえ指摘されるハンバーガーの外食チェーンやスナック菓子の食品メーカーも、「食育の時間」や「食育支援活動」を展開しているから注意が必要である。
・ 生協での食育のとらえ方
このように組織や個人によって、食育についてまちまちのとらえ方をしている現在、当然のことながら生協においても言葉の概念が定まっていない。
例えば2005年11月に、日生協が集めた各地の生協の「食の活動事例」集がある。ここでは19の地域生協を中心にして、多様な201本もの事例が集まっている。この全てのケースが広義の食育の一部とみて差し支えないと思うが、テーマと実施グループ名のどちらかに食育の文字が入っているのは17本あり、以下のように大別できる。
① 講座やメニューカードを使うなどした食の教育:6本
② 地域の農産物に触れるなどする食と生産の教育:4本
③ 伝統やアイデアの料理教室、試食:7本
食育の文字が入っていない他のテーマやグループの取り組みも、その内容は上記と同じくまちまちである。
・ ウエイトのかけ方によって変化する食育
これまでみてきたように同じ食育という言葉でも、使う人や組織によってどこにウエイトを置くかによってかなり意味が異なる。こうした多様な食育は、体系的な施策や取り組みを進めつつある省の取り組みによって以下のように大別することができる。
① 食指導・教育:文部科学省が主に進めていることで、児童や生徒が正しい食事の摂り方や望ましい食習慣を身につけることなどにより、生涯にわたって健康で生き生きとした生活をすごすことがDけいるように学校教育を中心とした場などで、指導を強化すること。
② 食・健康教育:厚生労働省が中心に進めていることで、すべての国民が健やかで心豊かに生活できる社会とするため、国民健康づくり運動、母子保健活動、食品の安全性の確保を推進し、国民一人ひとりの健康を向上させる。
③ 食農教育:農林水産省が主に取り組んでいることで、健全な食生活の実現、農林漁業や食品産業に関する正しい知識の普及、食文化の継承、食品の安全に関する基礎的な情報の提供などを図るため、国民運動として展開させる。
こうした3つに代表される食育の論点について以下に触れる。
・ 食指導・教育
学校における食育の一つは、以前から給食の場面において長く展開されてきた。1954年(昭和29年)に制定された「学校給食法」の第2条の目的において、次のように明記されている。
「学校給食については、義務教育諸学校における教育の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。
一、 日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。
二、 学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと。
三、 食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。
四、 食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。
給食以外の場面における今日の食指導・教育は、第一に2005年(平成17年)から栄養教諭制度を開始するなどして学校における指導体制を整備したこと、第二に食に関する指導シンポジウムを開催するなどして教職員等への啓発、第三に食に関する指導参考資料の作成や配布し、また研修会を開催するなどして教職員の指導力の向上、第四には食生活の学習教材の作成や配布を通して、食に関する学習教材を充実させることである。
さらには学校だけでは不充分として、家庭教育手帳を作成して配布し、家庭における食育の促進や、学校と家庭と地域が連携して学校を中心とした食育の推進事業も行っている。
こうして知識や体験の少ない児童や生徒に、食指導・教育を強化することによって食育につながるとしている。
・ 食・健康教育
食・健康教育は、厚生労働省が中心となって2000年(平成12年)から進めている「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」に、その典型を見ることができる。この方針書は、以下のよう趣旨から始まっている。
「健康を実現することは、元来、個人の健康観に基づき、一人一人が主体的に取り組む課題であるが、個人による健康の実現には、こうした個人の力と併せて、社会全体としても、個人の主体的な健康づくりを支援していくことが不可欠である。
そこで、『21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)』(以下『運動』という。)では、健康寿命の延伸等を実現するために、2010年度を目途とした具体的な目標等を提示すること等により、健康に関連する全ての関係機関・団体等を始めとして、国民が一体となった健康づくり運動を総合的かつ効果的に推進し、国民各層の自由な意思決定に基づく健康づくりに関する意識の向上及び取組を促そうとするものである」
これに基づき、以下の9項目について2010年の目標を具体的に掲げ、それらの達成にむけた運動を提唱している。
栄養・食生活/身体活動・運動/休養・こころの健康づくり/たばこ/アルコール/歯の健康/糖尿病/循環器病/がん
この「栄養・食生活」については、「多くの生活習慣病との関連が深く、また、生活の質との関連も深い。目標は、適正な栄養素(食物)の摂取、適正な栄養素(食物)の摂取のための個人の行動及び個人の行動を支援するための環境づくりの3段階に分けて設定する」としている。
この方針に沿って、食生活にとって重要な以下の項目別に、現状をふまえて2010年のあるべき姿を数値で明示し、それに向かった地方計画の策定を呼びかけている。
適正体重を維持している人の増加/脂肪エネルギー比率の減少/食塩摂取量の減少/野菜の摂取量の増加/カルシウムに富む食品の摂取量の増加/自分の適正体重を認識し、体重コントロールを実践する人の増加/朝食を欠食する人の減少/量、質ともに、きちんとした食事をする人の増加/外食や食品を購入する時に栄養成分表示を参考にする人の増加/自分の適正体重を維持することのできる食事量を理解している人の増加/自分の食生活に問題があると思う人のうち、食生活の改善意欲のある人の増加/学習の場の増加と参加の促進/学習や活動の自主グループの増加
他にも厚生労働省では、2000年(平成12年)に当時の文部省や農林水産省と協力し、国民が「何をどれだけ、どのように食べたらよいのか」を具体的な目標として、新たな10項目の「食生活指針」をまとめ、普及に努めている。
この食生活指針をイラストにしてわかりやすくしたものが、2005年(平成17年)に発表したコマをイメージした食事バランスガイドである。
こうした食・健康教育に共通しているのは、食や健康のあるべき姿を明示し、それに向かって国民を関心や行動をつなげようとしていることである。
なお平成16年版『厚生労働白書』において、食育とは「食に関する知識と食を選択する力を修得し、健全な食生活を営む力を育てる」としている。
・食農教育
食農教育という言葉は、1997年(平成9年)頃から(社)農山村文化協会が学校における総合的な学習に対応し、食と農を教材とすることをイメージして造語した。さらに翌年には、同名の雑誌のタイトルとして出版し始めたこともあって、食農教育という言葉がだんだんと定着していった。
こうした食教育と農業体験をミックスさせた食農教育によって食育を高めようとすることは、農林水産省の施策ともマッチするものであった。
例えば2000年(平成12年)に決まった「食料・農業・農村基本計画」においては、「子ども達が、食習慣を形成する上で重要な時期に、食生活や食料の生産及び消費について正しい知識を習得できるよう、各教科や学校給食等においてこれらに関する教育の充実を図る」とし、農業に関する学習の充実や農業体験の機会を増やすこととしていた。
これは対象を子どもにとどまらず、消費者一般にも広げて、農業や農産物に関する教育や啓発活動も含むようになっている。
その一例が、農林水産省が提唱し、「地域に根ざした食育推進協議会」と(社)農山村文化協会が主催して毎年1月に盛大に開催される「ニッポン食育フェア」に見ることが出来る。以下は3回目となる2006年の開催趣旨の一部である。
「国民一人一人が食に関する情報を正しく理解し、望ましい食行動を実践するために、赤ちゃんからお年寄りまで、食について自ら考え判断する能力を養う「食育」を推進することが重要であり、国民的な運動を展開していくことが必要となっています。
本展示会は、このような食を取り巻く状況を踏まえ、地域の特色を生かす健全で安心できる食生活、地場産物の活用による消費者と生産者の相互理解の推進、地域に伝わる伝統的な食文化の継承などを紹介し、食育の一層の推進を図ることを目的として開催するものです」
広い会場は、以下の各コーナーに区分されている。
家庭の食育/学校の食育/食品えらびの安心情報/企業の食育/海山里の食育/地産地消のおすそわけ
このように食と農をつなげた食農教育によって、食育をより発揮しようとしている。
・ 有機的で総合的な食育を
食べ物

政治と経済 体と心


自然環境 栄養
調理・廃棄
食文化
このように各方面から食育のいくつかの論点を見てきたが、課題の奥が深くまだまだこれからの国民的な社会テーマである。私としては、もっと食育の奥を極めるためにも、より多くの人たちに分かりやすく定義の間口を広げた方がいいと思う。そのためにも食育に直接とか間接とか関わっている以下の要素を一気に広げることがどうだろうか。
まずは食べ物、そして体と心、それ以降は政治と経済、栄養(栄養素、酵素、カロリー)、自然環境、調理・廃棄、食文化のように、7つの要素に多面的に迫ることが効果的だと考える。
別の表現にすれば、個人が食で自立する食育という山の頂上を見極めるのに、すそ野からいくつもの小さな山道がつながっている。その登り口がたまたま違うだけであり、異なるいくつもの山道のどれを選ぶかは、一人ひとりの条件に委ねられている。
それぞれの条件を活かして、ぜひ自らの選んだ小道に積極的に入り、いつかは食育という大きな山頂をみんなが極めてほしいものだ。
