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Blog:西村一郎活動日誌

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子どもの食生活と生協の役割


(財)生協総合研究所 研究員 西村 一郎


・はじめに
 家族の食の安心・安全について生協組合員の関心は高く、そのなかでも育ち盛りである子どもの食に関するウエイトが大きい。
 そのためこれまでにも多くの議論が生協のなかでもおこなわれてきたし、各種の提言なども組合員に対して発信してきた。タール系色素が市場にでまわっている1970年代に、その問題点をいち早く指摘し、より安全なコープ商品を開発して、食品添加物の摂取を少なくすることへのこだわりを強調したことなどは、その当時としては先駆的な役割を生協が果たしてきた。
 しかし、生協の取り組みによって全てが解決したわけではない。子どもの食をめぐる環境は、その後も大きく変化し、後でみるように新たな問題もいくつか発生している。
 つまりこれまでの栄養学中心からだけでみるのではなく、心理学や教育学などを含めて総合的な視点から問題にせまっていかなければ、根本的な改善にはつながらない。
 そこでここでは、子どもの視点を大切にしつつ、これまでの栄養学中心からとは異なった心理学などから子どもの食生活にせまってみたい。

・体のおかしさ
 食と体は深い関連性があり、子どもの食の実態をみるまえに健康状態をまずみてみたい。すると日本の子どもだけにおける健康上のおかしさは、第一に視力の低下、第二に多いむし歯、第三に増加するアレルギーが、いくつかのデーターからみても注目に値する。
 第一の視力の低下では、文部省「学校保健統計調査報告書」によると99年は裸眼で1.0未満が11歳で36%、14歳では55%にもなっている。裸眼とは、メガネやコンタクトを使用しない状態で、視力の低下は毎年のように進行し、減少する傾向にはない。この原因については、ごみ処理場などで使用されている有機リン系殺虫剤と、電気製品や携帯電話などから発生する電磁波との関連が問題視されている。
 第二に多いむし歯は、同じ統計でみると11歳で78%、14歳で83%にもなる。どちらも80年ごろをピークにしていくらか減少傾向にはあるが、それでもヨーロッパやアメリカの30%台に比べると2倍以上の高率である。甘い食べ物や飲み物の利用がむし歯の発生につながり、同時に粉食に代表されるような柔らかい食べ物が増えたことが、噛む力の低下などによってあごの骨の未発達や歯周病にも影響していることが問題を大きくしている。
 第三のアレルギーについては、(財)日本学校保健会「児童生徒の健康状態サーベイランス事業報告書」によれば、小・中・高校生を対象にした1998年調査で、医師からアレルギーと言われた子どもの割合は男女ともに45%をこえている。男子は小学校で48%、女子は高校で48%と山をつくっており、さらに94年や96年と比較しても鼻炎・結膜炎・アトピー皮膚炎・花粉症といったほとんどで率は増加している。この原因については食や環境とかいろいろな説が飛び交い、いまだに定説がない。
 これらの3つに加え、関係者の間で最近第四として自立神経失調症が問題視されている。朝から椅子に座ったままの姿勢を保つことができないとか、体温の調整が充分できない子どもが増えているなどとの報告がある。
 こうした日本の子どもだけにおきる複雑な症状は、いったいどこで共通点を持っているのだろうか。そのことがわかれば、解決に向けて確実に進むはずである。
 その共通している要因の1つに、子どもに与える過度なストレスがあると私は考える。人体に適度なストレスはもちろん必要だが、許容範囲をこえると、血管を必要以上に萎縮させて臓器に負担をかけたり、もしくは心身を健康に維持するために働く神経系や免疫系などへ悪い影響を及ぼすこともある。
 ところで今日の子どもたちは、「受験地獄」という言葉に代表されるように、まず勉学で過大な競争をさせられ、あたかも点数や偏差値がその人の全人格を代表するかのような雰囲気の中で生活している。それ以外にも運動や習い事など、大人の競争社会をそのまま反映した状況が子どもの世界でもすすんでいる。
 こうした環境は、どれもが過度なストレスとなって、子どもの健やかな成長を蝕むことにつながる。
 ストレスを子どもに与えているのは、食生活においても同じである。たとえ栄養素やカロリーが充分に含まれ、かつ無農薬で食品添加物もない安全で安心な食材を使用した好物の料理であっても、「これだけ絶対に食べなければいけませんよ」といった雰囲気のなかでの食欲のない食事では、たまっているストレスが解消されるのでなく、逆に子どものストレスは増大するだけで、栄養素やカロリーの吸収も悪く効果的でない。
 ではまず子どもの食事風景を、主として精神面から観察してみよう。そこには大人の目線では見えてこない子どもの気持ちがいくつも浮かび上がってくる。

・子どもの食卓風景から見えることは
 小学生の5・6年生を対象として、独自の食生活のアンケートを各地で実施してきた。その子ども向けの設問項目の1つに、食卓の風景を描いてもらっている。これは心理学の1つの手法である動的家族画で、自分を含んだ家族関係に対する子どもの気持ちを推測することができる。
 図1:楽しい食卓風景           
 図1は、画面いっぱいに表情や会話などのある安定した風景である。コミュニケーションがよくとれて、食欲のある状態で家族そろって楽しく食事をしている様子がよくわかる。どこの地域における調査でも一番多い半数前後の子どもが、こうした動きのある絵を描いており、ここではさほどストレスが問題になることはないだろう。
 ただし、このような楽しい食事風景を描いているからといって、全てをそのまま評価してよいわけではない。子どものなかには、ときとして現実と逆のことを願望として絵にすることがある。
 図2:手がない人物
 図2は、テーブルを囲んでいる家族の顔は描いてあるが、誰も手が出ていない。その顔も図1と比較すると表情が乏しい。こうしたケースでは、食欲があまりなく、食べようという積極的な意欲に欠けるケースが少なくない。
 図3:人物なし
 図3は、テーブルの上に食器をたくさん置いてあるが、どこにも人物の姿は見えない。ここでは、子どもの関心が家族よりもテーブルの上に集まっており、それだけ食べなさいという強制が働いていると読み取ることができる。
 「大きくなるためには、これを全部食べないとダメよ」とか「これを残すと栄養のバランスが取れないでしょう」と言われて、かなりの強迫概念が子どもに対して働いた結果であろう。
 ところでこうした図に比べると枚数はごく限定されるが、さらにとても気になる絵がいくつかある。
 図4:子どもの萎縮
図4では、目を吊り上げたお父さんを大きく描き、逆に子どもたちはお皿よりも小さく反対側にまとめてかいてある。学校の成績か食事の作法について、父親から激しく注意されているのであろうか。その内容までは不明だが、子どもはかなりおびえて萎縮していることが理解できる。
 図5:児童虐待
図5では、絵を描いた本人の見ている前で、妹が母親から勢いよくたたかれ、椅子ごと倒れそうになっている。日本においても大きな社会問題になりつつある児童虐待の1つとみることができる。児童虐待が日本以上に深刻化しているアメリカでは、大人から虐待を受けた子どもが、不安的な精神状態から拒食症や過食症になりやすいとの事例報告がある。
 図4や図5のような場面にいる子どもは、いくらテーブルの上に好物の料理があったにしても、口に入れておいしく味わうことはできないだろう。感性の鋭い子どもであればなおさらである。
 こうした雰囲気の中での食事では、楽しく食事してリフレッシュするのでなく、逆に子どもはストレスをためてしまうだけである。
 図6:父親が新聞を広げて
ここまで極端でないにしても、親の視線と子どもの視線の違いをあらわしている図がときどきある。例えば父親は新聞紙を広げてテーブルの前に座り、母親は温かい状態で家族に食べてもらおうと台所の前に立って料理を運んでいたりする。
 こうした場面では、親に聞くと「家族全員で食事した」と答えるが、子どもにたずねると「親とは一緒でなかった」と答えるケースがある。つまり子どもにとって食事を一緒にしたかどうかは、その場にいたかどうかよりも、コミュニケーションをとっていたかどうかが大切な要素である。
 このように子どもの描く食事風景からは、第一に過剰なストレスが子どもに及んでいること、第二に親と子で視線のズレがあることがうかがえる。
 
・他の問題は
 過剰なストレスを発生させていることの他にも、子どもの食生活を観察するなかで問題点をいくつか見つけることができる。
 まず第一は、均一な味や品質を確保するため、加工食品などにいくつかの工夫をしていることで、健康面からみると問題を含んでいることがある。
 子どもの口にする加工食品やドリンク類は、機械化された場所で大量生産した商品が多い。そうした商品が、連日のようにテレビや雑誌などのコマーシャルを通して、子どもの食欲を刺激している。また身近なところに深夜まで開店しているコンビニエンスがあり、お金さえあればいつでも気軽に欲しい食品を利用することができる。
 そうした大量に生産される加工食品は、均一な味や品質を維持するため、まず素材の精製を強める。商品をおいしくするための塩や砂糖やあぶらなども同じで、いわゆる不純物は限りなく除去して純度を高めている。また加工食品には、保存や着色などの目的で各種の食品添加物も少なからず含まれている。
 ところで500万年とも言われている長い人類の歴史のなかで、食品添加物を含めて純度の高い物質を日本人が口にするようになったのは、高度経済成長以降のごく最近のことである。たとえば一般に使われている精製した食塩は、以前のように各種のミネラルを含んだ塩ではなく、Naclという化学物質に近い。このため胃腸を通しての吸収が早く、その結果として過剰な摂取が健康を害することにもつながっている。
 またこうした純度の高い物質を口にすることは、最近になって研究がすすんでいる活性酸素との関係も深い。
 第二には、多い粉食である。
 パンやメン類など、粉を主体にして作った食品も子どもたちは好んで食べる。他にも、ピザやスパゲティやお好み焼きなどがあるし、さらには挽肉を使ったハンバーガーなども粉食に加えることができる。またビスケットなどのお菓子も、粉食の1つである。子どもにもよるが、1日の食事のうち3分の1から半分はこうした粉食をとっているケースが多い。
 このような粉食は、柔らかいために例えばご飯などに比べるとあまり噛む必要がない。このためテレビやコミック雑誌を見ながら食べたり、もしくは歩きながら短時間に食べたりすることができるので、楽しさを求め、かつ時間に追われている子どもたちに好評のようだ。
 ところであまりよく噛まなくて食事のできる粉食は、必要な唾液の分泌を促すことにならないし、さらには長期に続くとあごの骨や筋肉の発達を充分に促すことにならず、いろいろと健康に悪い影響を与えることになる。

・生協の役割
 こうした子どもの食生活が生協の活動を通してより豊かになるためには、いったい何が求められているのであろうか。これまでの取り組みで充分な成果が出ていないとすると、いくつか別の角度から考えることが効果的である。
 第一に総合的な視点をもつことである。栄養素やカロリーなどの個別問題はもちろん大切であるが、それと同時にストレスを少なくするため楽しい雰囲気をつくるなど、栄養学からだけでなく心理学的なせまり方も重要である。
 また問題は個々の子どもの責任と一面的にとらえ、親や教師から一方的に命令する場合もあるが、特に自我意識の強まる小学校の中・高年以降は逆効果になることもある。あくまでも子どもの食を変革する主体は、子ども自身であることを忘れず、子どもが理解していないことを無理強いしてストレスをさらに高めるようなことは避けるべきであろう。
 つまり「これを食べなさい」とか「これを食べたらいけません」と、大人から子どもへ命令するだけでなく、子どもの参加を促し、いっしょに楽しい食事をするため工夫していくことである。
 第二に農作物の生産の場に触れるなどして、子どもの食に対する関心を高めることである。どのようにして作物が生長するのか観察することによって、その食材に対する子どもの興味は強まる。可能であれば実際に栽培すれば一番効果的だが、それができなくても近くの産地を訪ねて農家の方から説明を聞くことでも子どもの関心はわく。
 ある小学校の近くに広がる畑は、いつも登下校中の子どもたちに荒らされて農家は困っていた。そこで社会科の授業のとき、その農家を子どもたちは訪ねて苦労話などを聞き、また給食の材料として使われていることも知った。すると畑を荒らす子どもはいなくなっただけでなく、農作業している人にあいさつをする子どもまで現れたとのことである。
 またはそれまで嫌いだった野菜を、生産の場に触れることによって、喜んで食べるようになった子どももいる。
 さらには、買い物をすることによっても子どもの食に対する興味は深まる。いくつかの生協の店舗では、子ども用の小さくてカラフルな買い物かごを置いてあり好評を得ている。
 第三に、意識と知識と行動のバランスをとることである。子どもの食の安全・安心について、生協組合員の意識や知識は一般の母親より高い。それも店舗組合員より共同購入の組合員にその傾向が強い。
 ところで食や健康に関する情報は、組合員の日常生活の中で氾濫している。テレビや雑誌はもちろんだし、書店にはいつも新刊が並び、新聞の家庭欄の記事になることも少なくない。生協の発行する各種の印刷物にも、食に関するものが多い。
 こうした結果によって組合員は、食についてこだわる意識が強く、かつ関連する知識が豊富になっている。
 しかし、それらに比べると日々の行動が弱い。頭では理解していても、くらしにおける実践の伴わないケースがある。

 「子どもの世界からサンマが消えてしまった」と言われて久しい。サンマとは食べる秋刀魚ではなく、時間・空間・仲間のことで、3つの言葉に間という文字が含まれているためこのような表現をしている。
 子どもにとって自由に使うことのできる時間はほとんどなくなり、食事も時計を気にして短時間ですませている。自然をも意味する空間は、ますます子どもの目から離れ、のびのびと育つ場が少なくなっている。そして勉強や運動においていつも競争を強いられ、まわりには心を許しあう仲間でなく、勝つか負けるかの競争相手が存在する。
 子どもの食生活の場面にも、サンマを取り戻す取り組みが生協に求められているのではないだろうか。

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