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当サイトは私西村一郎のルポ及び著作物、ボランティア活動等の紹介ページです

みんな違ってみんないい
   ―障害者の区分がないたんまち福祉活動ホームの歩みー
 


(財)生協総合研究所 研究員 西村 一郎

・ 全身で歌声を
 1000人をこえる観客は、幕の開いた広い舞台に並んだ300名ほどの合唱団の右一角に目を見張った。90名ほどの障害者の人たちが、ある人は車椅子にすわり、他の人は横から支えられるなどして立っていた。明るい照明の下で、約40分の構成組曲「ぞうれっしゃがやってきた」の全曲を歌うのである。
 指揮者が登場し鳴り響く拍手の後に続く静寂を裂いて、大きな歌声がホールの空気を響きはじめた。第二次大戦の前にサーカスから名古屋の動物園にやってきた4頭の象が、やがて戦争の中で食べ物がなくなり、また空襲で檻が壊されると危険だとして軍から動物を殺せとの命令が出て執行する。やっと戦後になり、どうにか生き残った2頭の象と、全国の子どもたちとの交流した実話をテーマにした歌である。悲しい別れの場面になればゆっくりとした曲が流れ、全国から象に会うための列車になると明るく早いリズムの歌となる。
 障害者の人たちも曲に合わせて歌っている。口を充分に開けることのできない人は、全身を必死に震わせてメロディーにあわせ、また車椅子の上で顔や腕を激しく動かしている人もいた。テンポの早い曲になると、ピョンピョン飛び跳ねる人とか、もしくはタンバリンを勢いよく鳴らしている人もいる。
 私を含めて多くの人は、学校で教わったように口を開けて声帯を振るわせることが歌だと思いこんでいる。だから、口を満足に開けることのできない障害をもった人は、歌うことができないものと考えていた。
 しかし、口で発声しなくても、その曲に全身で乗り、思いを込めて顔の表情や頭や腕や指などを必死になって動かして歌うことができる。ある思いを伝えることが歌だとすると、願いを込めずに美しく発声しているよりも、たとえ声が出なくても全身を使って思いを表現している方が、よほど歌っていることになる。
 2001年11月23日、横浜市にある「みなとみらいホール」におけるチャリティコンサートでのことである。舞台に立った障害者のうち70名ほどは、横浜市にある「たんまち福祉活動ホーム」に通っている人たちであった。コンサートが終わった後で出演者のごくろうさん会があり、障害者の車椅子を押して参加していた所長の小山直子さんから話を聞く。自分よりも体の大きな人の車椅子を押し、寒い日であるにもかかわらず、額にうっすらと汗をかいているファイトのある明るい女性である。
 「みんながよく頑張ってくれました。1人が状態を飲み込めず残念ながら舞台から下りてしまいましたが、他の人たちは最後まで歌ってくれましたよ。10分も同じ場所でじっとしていることのできない人や、緊張すると発作を起こす人はまだ他にもいたのです。これだけたくさんの方の前で歌うのですから、誰だってすごいストレスがかかります。それをはね返したのですから、本当にすごいですね。
 実は障害者である所員さんが、これらの舞台へ立つには賛成と反対の議論がありました。途中でパニックを起こして全体に迷惑をかけるのではないかとか、見世物になって恥さらしになるのではとの心配する声もありました。
 でも所員さんたちに、『いつも助けてもらっている私たちが、チャリティで歌うことでお金を集めて、戦争で動物のいなくなった動物園へ象さんを送るというんだけど、みんな他の人と一緒にやる?』と聞くと、みんなが『うん、やる!』と言ってくれたので参加を決めたのです」
 常に他人から手助けを受けている障害を持った人たちが、チャリティコンサートに出場することにより、少しでも何かの役に立とうとしての出演である。その純粋な気持に驚いた。発表の当日は、ここから35名の障害者が舞台に立ち、それを応援する職員やボランティアの人を合わせると、約70名が参加していたとのことである。
 舞台に立つことにより、障害を持った人が少しずつ光り輝き、スターへと変身していく。このためおしゃれにも気を使うようになった。学校では、いつも横や後ろを向き、ノートなどはすぐに破って捨てていた所員さんが、舞台に立つ回数を重ねるごとに、しっかり前を向いて歌っていたことも小山さんたちにとって驚きだったそうだ。
 出演した所員さんの感想である。
 「とってもたのしかった。みんなでうたえてよかった」(女性)
 「たのしかったです。また、でたいです」(男性)
次はある保護者の感想である。
 「ぞうれっしゃコンサートの朝、私は初めて劇場で見るので、息子がちゃんと歌えるか心配し、そして期待しながら出かけました。ホールはとてもきれいで広くて、私はゆったりとした気分でストーリーのことばをよく聞いていました。
 所員さんたちは皆、身振り、手振り、歌でじょうずに表現していて、とてもうれしい気持で聞き、見ていました。大勢の中に参加できて、とてもすばらしいことだと思いました」

・ たんまち福祉活動ホームを訪ねて
 渋谷から東横線に乗り、横浜の1つ手前の反町(たんまち)駅で降り、駅前の小さな商店街を通り抜け5分ほどの場所に「たんまち福祉活動ホーム」がある。鉄筋コンクリートで造った3階建ての広い入り口は、ゆるやかなスロープで段差もなく車椅子で楽に出入りできるようになっていた。
 館内で顔を会わせた障害者や職員の人たちは、初対面であるにもかかわらず元気に「こんにちは!」とあいさつしてくれてすがすがしい。まずは小山所長から設立の経過を聞く。
 「それまでこの地域には、障害の異なる人たちが別々に通う作業所が3つありました。かながわ作業所と地域作業所ステップと障害者地域作業所大地でして、それぞれの施設が古くなり、また狭いこともあって、合同して広くて新しい建物にしようとなったわけです。こうして1993年に誕生したのが『たんまち福祉活動ホーム』です。だから知的障害と身体障害を持った人たちが、当時としては珍しく一緒になって利用する施設となりました」
 カラー刷りのパンフレットでは、次のように紹介している。
 「ここでは心身の発達に遅れや障害をもつ子どもたちが、遊びを交えた訓練や集団活動をしたり、就労することが困難な障害者が、生活訓練や軽作業を通して自立への活動を行います。
 また、障害者とその家族が地域の方々と交流を深めたり、ボランティアなどに場を提供し、地域福祉活動の拠点となります。この運営は、障害者団体、福祉関係団体、地域住民で組織された運営委員会が行います」
 目の見えない人と車椅子の人が同じ場所で活動することについては、とことん話し合いました。目が見えない人にとって車椅子は、本当に大丈夫なのかということです。しかしながら実際に活動する中でわかってきたのは、むしろ自分と異なる障害を知ることによって、違う障害者のためにどうにかして相手の手助けをしようと努力することがあり、そのことが本人にとって大きな生きがいとなるということである。

・通常の活動内容は?
 この「たんまち福祉活動ホーム」では、1時間単位での一時ケアと2泊3日までが原則のショートステイの他に、高校3年生以上を対象とした余暇活動も行っている。この余暇活動では、毎月の第一土曜日には、パソコン・ワープロ・手打ちうどん・手話の学習をおこない、主に第三土曜日には外出行事を楽しんでいる。
 月曜から金曜までの通常の日課は以下の通りである。
 9:00 職員が出勤
 9:30 所員さん出勤。朝の会、体操、1日の流れや仕事の内容の説明
 9:45 作業の開始
10:50 休憩
11:00 作業の再開
12:00 昼食、昼休み
13:30 午後の作業開始
14:30 終わりの会、連絡事項の伝達
15:00 所員退出
16:00 職員の打ち合わせ
17:00 職員の退出 
 ところで「たんまち福祉活動ホーム」の施設とは別に、すぐ近くの場所で「地域作業所ワークスみなと」と「地域作業所キッチンみなと」の運営もおこなっている。より仕事中心の作業所として「ワークスみなと」は1996年にでき、98年には食べ物を中心に扱う作業所として「キッチンみなと」が開所した。
 まず「ワークスみなと」では、マンションの部屋を使いテーブルをいくつも並べて作業場としている。ここでは11人の障害者が、3人の職員の補助を受けつつ、包帯の詰め替えや妊婦の使用する腹巻の布を巻くなど医療材料の加工や、細かいビーズ製品作りやボールペンの組み立てなどをしている。
 それだけではいつも仕事があるわけではないので、他には500軒のポストにチラシを入れるポスティングや、近くの駐車場の草取りなどもしている。暑い日や雨の日でも、車椅子の人を含めて所定の家々をきちんとまわってポストにチラシを配る。また、集めたアルミ缶を現金化することしている。但し、以前は2個で1円だったのが、今は5個で1円しかならないので、みんなの努力の割には収入が少ない。
 ここで作業している所員さんの声である。
 「仕事、楽しいです。腹帯折り、ボールペンの組み立て、早くできるようになりました。あと、もう一つはビーズ作り。指輪とブローチをもっと早くできるように覚えて、たくさん作れるように。また今年もがんばってやっていこうと思っております。そして、また新しく、自分で一歩一歩進んでいこうと思っています」
 他方の「キッチンみなと」では、マンションの2階と3階の細長い部屋を使い、2階が休憩室や着替え室、3階には清潔な床の中央に作業台を置き、ケーキなどを焼くためのオーブンが横にセットしてあった。
 ここでは17人の所員さんを、常勤2名と非常勤2名、それに曜日によってボランティアの人が手伝い、クッキー、パン、ケーキなどを作る。他には大きな袋に入ったお菓子を小袋に詰め替えるとか、また火曜日の親の会が開かれるときには、自分たちで作ったうどんの販売もおこなう。クッキーやケーキのため、小麦粉を一所懸命にこねることの好きな所員さんもいて、楽しく仕事をしているとのことであった。
 この3つの作業所で作成して販売している小物は次のようなものがある。 
{たんまち} 草木染めハンカチ400円 絵はがき100円 カード入れ100円
        ビーズブレスレット150円 フラワービーズキーホルダー300円
{キッチンみなと} アーモンドチュイール5枚入り200円、ゴマチュイール8枚入り200円、
マカロン150円、ミックスクッキー(ゴマ・ココア)150円、ビスコッティー200円
{ワークスみなと} ヘアピン100円 ブレスレット150円 ブローチ150円
指輪200円 アート石けん150円 
 小山所長の話が続く。
 「3つの作業所では、どこもボールペンの組み立てをしています。所員さんたちは、それは上手に組み立てるんですよ。それでも1本を仕上げて80銭です。コインは1円までしかないのに、ここでは銭という単位が通用している特殊な世界なんです。
 こうして稼いだお金は、毎月の働いた時間に応じて、工賃として所員さんに払っています。活動ホームでは1000円から2000円ほどで、額の多いキッチンでも5000円ほどなので本当に少ない金額ですが、ボーナスもありますので、お金を受け取ることを所員さんはとても楽しみにしています」
 たとえ金額が少なくても、自分が汗水を流した結晶としてのお金は、どれほど障害者の自信や誇りになるかわからない。
 また関連する取り組みとして、グループホームを3ヵ所で運営しているからすごい。グループホームでは、市の補助350万円を受けて大家さんに希望する建物を建ててもらい、15年契約して月35万円の家賃となる。この家賃の半分は市からの補助を充てることができるので、食費を含めて入居者は7~8万円程度の費用となり、重度の人で10万円ほどになる。1軒のグループホームでは5名の所員さんに対し、3名の職員がローテーションを組んで必ず1名が同じ屋根の下にいるようにし、他に時間は決められているが1名のヘルパーさんがケアしている。

・年間の行事では
 年間では次のような行事に「たんまち福祉活動ホーム」で取り組んでいる。
 4月 入所式、花見
 5月 ふれあいスポーツ大会に参加
 6月 地域のお祭りに参加
 7~8月 プール
 8月 地域の盆踊りに参加
 9~11月 一泊旅行
10月 地域祭りに参加
11月 ボウリング
12月 クリスマス会
 1月 新年会
 2月 交流会
 3月 宿泊体験
 まずはこうした年間行事をするねらいなどについて、再び小山所長さんから話を聞く。
 「障害者だからと言って、特別の扱いはしたくありません。たとえ障害があっても、普通の人たちと同じように楽しみたいんですよ。例えばプールがそうです。障害者専用のプールがあっても、それは訓練のためのもので浮き輪も使えず、まるで楽しくありません。だから私たちは、一般のプールへ行って遊びます。何回か行っていると車椅子のトイレは近くのどこにあると、職員さんが教えてくれますのでどうにかなるものですよ。
 駅の改札口もそうですね。車椅子で通るとき、大きなものだと車椅子のままでは通れない改札口があります。それが改装された時は、しっかり幅が広くなっています。このように常に地域の中に入っていくことが大切なような気がします」
 嫌なことや不安もたくさんあっただろうが、小山所長さんはどこまでも明るく話してくれる。
 確かに安全であることは大切だが、全ての面で配慮されすぎていると、刺激がなくておもしろみがなくなる。危険でない範囲で、少しは冒険をしてみたいと考えるのは障害のある人も同じだろう。
 このため2002年の9月には、3泊4日でグアムにまで出かけた。障害者と保護者の11の組み合わせに、職員が11名付いた。知らない場所へ行くと発作を起こすとか、大きな声を出して周囲の人を驚かせてしまう所員さんもいる。このため保護者だけの付き添いでは、海外旅行を楽しむことが難しい。
 海外旅行に参加者した人の感想である。
 「とっても楽しかった。また行く!」
 「初の海外旅行という事で、分からないことだらけでしたが、本当にありがとうございました。いつもゆっくりお話ができないお父さんやお母さんと話ができたことは、良い思い出となっています。新しいものを見て、言葉を聞いて、色々な人と接するという大切さを改めて感じ、また所員さん達とたくさんの思い出を作っていきたいと思います。グアムは全てが『big』でした」
 2003年の3月には、新幹線を使って大阪のユニバーサルへ、車椅子2人を含む11名の所員さんが、12名の付き添いと一緒に遊びに出かけた。
 小山所長の話である。
 「それは楽しかったですよ。ユニバーサルで遊んだ他に、道頓堀や通天閣や買い物などのコースに分かれて楽しみました。事前にアンケートをとって、誰がどこに行きたいのか聞いたうえで決めています。
 楽しむのは、5年前から開いているクリスマス会もそうですよ。いつもはジーパンにTシャツという所員さんが、この日は最高にドレスアップし、年に一回のおしゃれをします。そして会場は、シェラトンやプリンスといった一流ホテルを使いますので、いつもとはまったく違った豪華な雰囲気の中で楽しむことができます」
 たとえ障害があっても、たまに着飾って楽しみたいのは健常者と同じである。まして年頃の女性であればなおさらのことだろう。

・ 人々とのつながりを広げて
 こうした取り組みを効果的に支えるため、たんまち福祉活動ホーム関連でいくつかの組織をつくっている。
 まずは19名で構成する「たんまち福祉活動ホーム運営委員会」があり、たんまち福祉活動ホームの運営主体となっているだけでなく、ワークスみなとやキッチンみなとの活動についてもサポートしている。
 また、「あざみ」「すみれ」「きのこ」の3つのグループホームの運営をまかなっているのは、町内会の人も参加している「あざみ運営委員会」であり、たんまち福祉活動ホームからの応援を受けている。
 こうした運営委員会以外にも、次のような会を設けていろいろな応援をしている。
 ・ 共歩の会:障害者の親など約40人が参加し、10名の役員が中心となってグループホームの設立や運営をサポートしている。
 ・ みなと会<親の会>:親の会として月1回の定例会を持つ他に、月1回は花タワシ作りやバザーに参加して資金づくりをしている。
 ・ おやじの会:年1回、余暇活動事業と合同で父親中心のビール祭り(模擬店)を開催している。
 小山所長の話が続く。
 「62名の所員さんの親で、亡くなった人や病気の方以外で52名の方たちが親の会に加わっています。障害者の親の方たちは、一人だけでがんばっていることが多くありますので、このため悩むときも一人で悩みます。そこで同じ悩みをもっている親同士が、月に一回集まって交流をしています。おやじの会も目的は同じです。
 あるお父さんが言っていました。『障害者を持った父親は孤独だ。自分が死ぬときは障害をもったこの子を連れていく』って。また、障害を持った娘には、父親だとケアできないことがいくつかあります。そうした親の悩みなどについて、ビールを飲むなどして本音で交流しています」
障害者だけをケアするのでなく、家族を含めて人間らしく生きていくことを追求している「たんまち福祉活動ホーム」の理念がよくわかる。
 また地域の町内会長がホームの運営委員会に加わっていることもあり、近くの小・中・高校から子どもたちのボランティアがよく来ている。小学生は3時に来て、おやつを配るとか食器洗いなどをする。中学生は夏休みに来るとか、高校生は福祉の時間を使うなどしてやってくる。
 さらには地域のお祭りなどにも所員さんたちは時々参加しているので、子どもを含めて町の人たちとのつながりは強い。このため町の子どもたちは、所員さんたちと道で会っても白い目で見るようなことはない。
 所員さんたちがつながりを持っているのは、何も健常者だけではない。近くには、医療器具を付けたままくらしている最重度の障害者が利用する施設がある。その人たちと「たんまち福祉活動ホーム」やキッチンやワークスのみんなは、年2回は運動会や劇をするとか、もしくは歌を歌ったりするなどして交流の場をつくっている。
 障害者の枠にとらわれることなく、「たんまち福祉活動ホーム」を中心として地域とのつながりがさらに広がりつつある。

 連絡先
 たんまち福祉活動ホーム 所長 小山直子
   神奈川県横浜市神奈川区反町1丁目6番地8
   ℡ 045-322-9461


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