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Blog:西村一郎活動日誌

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人々と村々を興して
    -スリランカのサルボダヤ運動―


(財)生協総合研究所 研究員 西村 一郎


・ 取り組みの5段階
 深いブルーのインド洋に浮かび、光り輝く島スリランカの最大都市コロンボから、古都キャンディに向かう北東に延びる道路を車で走る。喧騒と排気ガスの充満している市街地を抜けると、左右に水田が広がり、高い椰子の木が道の両側に続く。
 幹線道路であるが、一車線のため大型のバスやトラックがすれ違うと道幅にゆとりがなくなり、道端に植えてある椰子などの木が窓際にせまってくる。それも手入れが充分でないため、路面の凹凸がかなりあり、かなりのスピードで飛ばす路面バスから振動が体に伝わってくる。
 コロンボの中央バス乗り場から1時間ほどでガンパー県の小さな町に入り、路面バスから小型三輪車に乗り換える。冷房の効いた車中から、35℃近い熱気の中へ出て、一気に汗が吹き出る。10分ほど路地を通り抜けると、地域開発をすすめるアジア最大のNGOであるサルボダヤのガンパー県事務所の敷地に着いた。
 NGOの地方事務所だから、せいぜい民家程度の敷地や建物を予想していたが、かなりの規模である。後で聞くと、敷地面積は82000㎡もあるとのこと。椰子の高い木が何本も立っている広い庭には、自給用に育てている乳牛が何頭か草を食んでいた。
 門に近い事務所の他にも、平屋の建物はいくつか並んでいる。まずは事務所で、ここの責任者であるアーリア・パーラさんから取り組みの概要を聞く。壁には大きな模造紙に、次のようなサルボダヤが進める村の開発プロセスを書いてあった。
 第一ステージ:心理的な基礎の開発
 第二ステージ:開発と訓練の社会的な土台
 第三ステージ:基本的な人的ニーズを満足させることと施設の開発
 第四ステージ:収入と雇用、生産と貯蓄
 第五ステージ:村の近所の人との分かち合い
 「この1年半で25の村において実施しています。第一段階では、村にサルボダヤのスタッフが入って村人たちと知り合いになり、協力して道を造るなどして、人と人のつながりを強め、あわせて個別にコミュニティをつくります。そのコミュニティとは、3歳から6歳、7歳から14歳、15歳から30歳、母親、父親の各グループで構成し、結成すると行政に知らせて認知してもらっています」
 一人で道を造るのは大変だが、村人同士で力を合わせれば大きな仕事ができることを実感してもらい、協力することの大切さを自覚してもらっている。
 「第二段階は、各グループで責任者を決めてそれぞれにおいて1年間ほど活動をします。例えば、伝統的な村の習慣を子どもたちに教えるとか、幼稚園の先生になってもらう人へのトレーニングなどです」
 あくまでも個人個人の自立を目指すサルボダヤ運動では、時間をかけて伝統文化やお互いが協力しあう関係を大切にしている。
 「第三段階では、私たちの運動に賛成する人たちが、会費を払ってサルボダヤへの加入をすすめること、そして幼稚園の開設などです」
 このサルボダヤの年会費であるが、子どもは1ルピー(約1.3円)で、25歳以上は24ルピー(約31円)となっている。もしくは240ルピー(約310円)を払えば、永年会員になることができる。円に換算すると少ない金額ではあるが、1人の月の生活費が5000ルピーほどの国で、かつ現金収入のない人にとっては、これでも大変のようだ。実際、加入後にこれらの会費を払うことができなくなるメンバーがいる。それでも会費が払えなくなったからといって、すぐに除籍することはしない。各グループの代表者で協議して対策を講じるとのことであった。
 なお、メンバーから集めた会費は、サルボダヤが経営する村の銀行へ全額を預け、必要に応じて村人が利用している。
 「第四段階では、トレーニングして自分にあった仕事を見つけます。編物や縫製、もしくは椰子の皮でタワシを作るなどの仕事です。こうして収入があると、少しでもコミュニティへ寄付をし、そのお金が一定の金額になると、村に共同で使う井戸を掘るための費用にします。
 また貧しい人が自分の住む家を造るときは、サルボダヤで30%を補助し、残りは自力でまかなってもらいます。一軒を建てるために15万ルピー(約19万5000円)が必要で、大半はセメント代などに使い、レンガや板などは各自で作ってもらいます」
 簡素な家屋の場合には、固めた土の上に四方へ壁を造り、それに屋根をつけて雨や風を防いでいる。また家屋を建てるための労力は、住む人本人たちで行うため無料である。
 「第五段階では、自分で働いて稼いだ収入をサルボダヤの経営する村の銀行へ貯金し、決して他の銀行は使いません」
 サルボダヤが経営している村の銀行は、運動を発展させるために重要な役割を果たしている。その銀行はスリランカの全土で約700軒あり、普通の銀行が貸し付けるときの利子が28%であるのに対し、サルボダヤが経営する銀行は2~3%と極めて安く、貧しい村の人々が病気や怪我をするなどして、急にお金が必要になったときの大切な支えとなっている。

・ 村人に役立つ事業を
 1986年に開設となったガンパー県事務所では、現在6名の専任スタッフが働き、他にフィールド担当の6名が県下の13の地区に入って活動し、あわせてボランティアの人たちも参加している。事務所にいる6名は、責任者1名、会計1名、一般の仕事1名、運転手1名、掃除2名で分担している。
 事務所のすぐ横の建物には、15㎡ほどの部屋があり、ドアの上に調査室との看板が出ていた。室内の棚には、調査したデーターをとじたファイルケースが並んでいる。あわせてこの部屋では、デスクトップタイプのパソコンを使い、子どもたちにインターネットのつなぎ方や文字入力の方法などについて講習している。
 ここでパソコンを教えているのは、ボランティアの青年であった。ボランティアといっても毎日のように朝から夕方までここで働き、他の仕事をすることも多いとのことである。ボランティアだから給与はサルボダヤから出ないが、交通費の実費と食費は支給されていた。
 そのボランティアの担当者の話である。
 「97年まで学生として勉強し、その後2年間はパソコンを専門に勉強して仕事につきましたが、今は無職です。サルボダヤに来て収入はなくなりましたが、村の人たちが喜んでくれるので嬉しいですね。
 ここではパソコンを教える他に、庭やトイレの掃除など何でもします。一応朝の8時から夕方まで働く時間となっていますが、いくらでも仕事はあって、朝は6時から夜遅くまで働いていることもあります。このためここに4名のボランティア仲間と一緒に泊まり、家に帰るのは週に一回です」
 さらには、パソコン教室は子どもの評判がよくて40名ほど通って熱心に学んでいるが、使うパソコンは1台しかないので、一人で練習する時間が限定されて困っているとのことであった。
 調査室の隣には10㎡ほどの小部屋があり、村人の悩み相談室として利用している。家族内や近所との争いの仲裁とか、夫がお酒ばかり飲んで家族で食べる米を買うお金がないといったような相談である。ときには、子どもを海外の里親に渡すときの手続きのように、法律など専門知識が必要なときもあり、そうしたときには弁護士のボランティアが対応することもある。ここには毎日のように誰かが相談に来るとのことだから、困っている村の人にとっては心の拠り所となっているようだ。
 別の細長い建物は集会場となっていて、お坊さんたちから話を聞くだけでなく、瞑想するときもあれば、子どもたちが伝統的な踊りを練習することもある。
 また敷地内には、遠くから来た人たちのために簡易ベッドを並べた宿泊施設もあって、昨年は日本からのボランティアの若者たちが利用したこともあったそうだ。
 敷地の一番奥にある大きな建物は、43名の障害者が通う学校であった。手足だけでなく、目や耳などに障害をもった4歳から16歳までの子どもたちが学んでいる。スリランカでは、乳幼児のときの栄養不足からくるのか視力障害の人が多い。ここで教えるのは政府の決めた科目に沿い、国語や数学などの他に絵画やスポーツもある。月曜から金曜まで、朝8時から午後2時までの時間割となっている。
 こうした費用や5人の先生の給与は政府から支給されている。つまり政府からサルボダヤが委託を受けて障害者のための学校を運営しているようなスタイルで、ここを入れて全国に20校あるとのことであった。

・ 井戸を訪ねて
 サルボダヤの重要な活動の一つに、村の中に井戸を造ることがある。スリランカの農村は、小さい村で400戸、大きな村になると800戸から900戸が集まってくらしている。大半の貧しい村では、飲み水を小川から汲むとか、もしくは屋根のない古い井戸からとっている。
案内してくれたサルボダヤのスタッフの話である。
 「雨が降ると小川は汚れるし、囲いをしっかりしていない古い井戸には、不衛生な雨水がたくさん流れ込んでしまうため、こうした水を飲んだ子どもたちが数日後には必ず下痢をします。
 そこで汚れた雨水の入らない手押しポンプの設置が、村人の健康管理のためにも大切です。通常は1本の手押しポンプ用の井戸を造るのに、全ての経費を合わせると6万ルピー(約7.8万円)かかりますが、村の人たちで力を合わせて掘るとか、砂は自分たちで川から運ぶなどすれば、セメントなどのようにどうしても買わなくてはならない資材だけの費用となり、そうすると2.5万ルピー(約3.3万円)から3万ルピー(約3.9万円)ですみます」
 事務所から車で30分ほどの場所に、日本のある夫婦の支援でサルボダヤが造った手押しポンプの井戸があった。車がやっと通ることのできる道路の側で、あたりにはバナナや椰子の木が何本も茂り、その間に土と板で造った小さな民家が点在している。裸足の子どもたちが木陰で元気に遊び、やせた犬が道端を歩いていた。
 ポンプの近くに住む農家を訪ねた。6人家族で、米を中心にして作っている。ところでスリランカで育てる米は二種類あり、細長くて白いインディカ米と、赤紫色した赤米である。日中がいつも30℃を超える常夏のこの国の平地では、白い米を年に3回も栽培することができ、赤米でも2回の収穫が可能である。
 手押しポンプが設置されるまでは、離れた場所にある古い井戸から長い綱とバケツを使って汲む上げていたので、くらしには大変に役立っているとのことであった。今後のこの村での課題は、2本しかない手押しポンプを増やすことと、村のどの家にもないトイレの設置である。
ポンプ用の井戸は、20cmほどの穴を開けてパイプを入れ、その中に水を汲み上げる本パイプを深く差し込んで完成させる。
 こうした飲み物用とは、タイプの異なる水浴用の井戸もサルボダヤでは造っていた。他の村を訪ねるとそれはあった。道からすこしはずれて、竹やぶの横のくぼ地のような場所に、4m四方ほどを掘り下げて周りを石やコンクリートで固めている。上から覗き込むと、半分は石畳で、後の半分を深く掘って水がたまっている。屋根も囲いもないので、側の竹や木の葉がたくさん水の中に浮かんでいた。ここでは、近くに住む25戸の人たちが、水浴や洗濯に利用しているとのことであった。それまでは小川や雨水でたまに体や衣服を洗っていた人たちにとっては、大きな生活改善である。
 2002年に日本のあるNGOが主催したワークキャンプで、実際に井戸掘りをした日本人ボランティアのレポートである。
 「直径4mの大きな井戸の完成めざして深く深く掘り進めます。毎朝、夜中の内に井戸に溜まった水をかき出すところから始まり、ツルハシや鍬やノミなど、普段は使い慣れていない道具を使って堅い岩盤を砕いていきます。
 太陽の眩しい光りが直接的に降りかかる下でのワークは、嫌でも身体に疲労を感じさせます。その救世主となるのが、キャンパーと共に汗を流す村の青年達の掛け声と、ステイ先の家族が作る温かいごはん、それに疲れを癒す甘いティー。井戸掘りを毎日進めていくと同時に、キャンパーと村人達の絆も深くなっていきます」
 真の民間レベルによる国際交流として、参加者である日本の若者は貴重な体験をしている。
 井戸の他にサルボダヤ運動では、村人が求める道や溝造りなどにも共同でたずさわっている。

・ サルボダヤの本部を訪ねて
 コロンボからインド洋に沿ってバスで1時間ほど南下して、サルボダヤの本部があるモラトアの町を訪ねた。大きなバス通りから三輪車で5分ほど入った静かな住宅地に目的地はあった。あたりの建物が木造であるのに対し、ここには鉄筋コンクリートの建物が何棟か並んでいる。門を入ってすぐの建物には、守衛の横に書籍を販売する部屋やコンピューターを並べた部屋が別々にある。発展途上国における1つのNPOが、単独でこうした部署を持っていることは、教育や近代的な技術を重視するサルボダヤの理念がしっかりしているからだろう。
 たくさんの事務所や会議室のある建物の横には、50人ほどが利用することのできる食堂や、40人の宿泊が可能な建物も備えてある。ここには近くの敷地を含めて、以下のような施設を造ってサルボダヤとして運営している。
 1、 孤児院:親のいない赤ちゃんを引き取って育てている。
 2、 耳の聞こえない女性の職業訓練所:日本から寄贈を受けたミシンを使って訓練している。
 3、 身体の不自由な人のための職業訓練所:裁縫などの訓練をしている。
 4、 農業技術センター
 5、 聾唖学校
 6、 平和センター
 7、 幼稚園
 8、 印刷工場
 それぞれにサルボダヤの専任スタッフと同時に、国内外からのボランティアが関わっていた。
 ところで2002年に発行されたサルボダヤの年報によれば、02年3月末現在で本部に勤務しているスタッフは85名となっている。他には、地方事務所のスタッフ295名をはじめとして、社会開発50名、特別のプロジェクト33名、地方技術サービス29名など、サルボダヤの全スタッフは実に520名にもなっている。
 ちなみに同年報によれば、スリランカ全土に現在は3万8259の村があり、その内で1万1400の村で何らかの形でサルボダヤの運動が展開されている。率にすると30%にもなり、それだけ全国へ大きな影響力を与えている。

・ サルボダヤとは何か?
 もともとサルボダヤとは、ガンジーの教えをもとにしたインドの各地における村作り運動の総称であった。そこでは梵語の「覚醒(かくせい)」という訳語が使われている。日印サルボダヤ友好会によれば、「サルボダヤとは『すべてのものが平等に興隆する』という意味である」と説明している。
 この運動を視察して感激したのが、当時27歳だったスリランカの高校で教えていたアリヤラトネである。1957年のことで、案内したのはある日本人であった。インドで壊れた道路を村人が協力して直している光景を見て感動したアリヤラトネは、すぐに「共同で作業する」ことを意味する「シュラマダーナ」を、サルボダヤに連結させてスリランカへ紹介することを決意した。
 つまりスリランカで正式にはサルボダヤ・シュラマダーナであり、それは「労働の分かち合いを通じての全ての目覚め」と位置付けている。より短くは、「人間覚醒・農村復興運動」と訳していることもある。
 アリヤラトネは次のように説明している。
 「サルボダヤの言葉は、マハトマ・ガンジーによって、『全てのものの幸福』を意味する言葉として創られました。現在は、『全てのものの目覚め』を意味するものとして使われています。全てと言う中には、個々の人、家族、グループ、国家、そして世界を含んでいます」
 スリランカにもどったアリヤラトネは、同僚と生徒たちを連れて、カースト制で一番底辺に位置するアウトカースト(不可触民)の村に入り、村人と共に2週間働いた。それまでのスリランカでは、自分の属するカーストのコミュニティ以外と交流することはなかった。それをサルボダヤの運動は破ったのである。
 この運動には、次の4点のような模範的行動様式が決まっている。
 1、 思いやり
 2、 穏やかな言葉使い
 3、 建設的な行動
 4、 平等
 1992年に日本のある平和賞の授賞式に来日したアリヤラトネは、「非暴力、公正及び平和を支持する私達は、一致団結して立ち上がり、世界の覚醒のための課題に取り組まなければなりません。この課題は、以下の構成要素から成るべきだと私は思います」として、以下の5点をあげている。
1、 世界の全てのコミュニティにおいて、その歴史的、文化的及び宗教的現実に従い、パーソナリティの覚醒のためのプログラムを推進する。
2、 経験の交換及び相互援助のために、個人、グループ及び組織を結ぶ実践的なネットワークを国内外にわたって構築する。
3、 家庭と社会において普遍的な価値観に基づいたシンプルなライフスタイル、非暴力並びに国境を越えた維持可能な生産―供給―消費システムを推進する。
4、 各100世帯ほどからなる農村及び都市コミュニティのメンバーの間に、強力な精神的で心理的及び社会的基盤を築くこと。コミュニティは、老いも若きも全員が顔見知りで、コミュニティの他のメンバー全てと意思疎通できる規模でなければならない。
5、 人々が、自身の精神的、道徳的、文化的、社会的、経済的及び政治的生活を自ら直接管理するような自治コミュニティを世界中に築く。
 
・ 終わりに
 年休と私費を使い、成田から12時間かけてモリジブ経由でスリランカへと飛んだ。人口は1880万人で、北海道を一回り小さくしたほどのこの国は、セイロン紅茶や宝石で有名であるが、それ以外はあまり一般に知られていない。
 しかし、原始仏教を今でも大切に守り、貧しいくらしの中でも多くの国民の間に仏の教えが息づき、いろいろな場面でそれは親切に対応してくれる。古代から稲作とそれをまかなうための灌漑技術が盛んで、かつて空海が中国で学び香川県の満濃池の改修に使った土木技術は、スリランカの技術によるものとされている。
 第二次世界大戦の後に、侵略した日本からの賠償を議論した国際会議において、「憎悪は憎悪を生み、憎悪を消すことができるのは愛だけです」とお釈迦様の教えを引用して、賠償金を全て放棄したのはスリランカの代表であった。
 そのスリランカで、サルボダヤという新しい運動が草の根的に広がっている。貧しいからこそ、お互いに協力していかないと生きていけないとも言える。お互いが助け合うことを通して一人ひとりの自立を促すことでは、生協の原点とも通じるものがある。
 すでに日本からも、「ワン・ワールド・ワン・ピープル」や「アジア協会アジア友の会」などのNGOなどが、こうしたスリランカにおけるサルボダヤ運動を支援し、スタディツアーなども毎年のように実施している。
 協同の輪が、新しい社会を創るためスリランカの地で確実に広がっている。

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