当サイトは私西村一郎のルポ及び著作物、ボランティア活動等の紹介ページです

路上から地域の生活へ
ホームレスの地域生活支援をすすめる「スープの会」 04・12・17
(財)生協総合研究所 研究員 西村一郎
・ホームレスの人たちに温かい味噌汁を
JR新宿駅前の地下街の一角に、ある土曜日の夕方7時に訪ねた。近くにはそびえる都庁や50階を超える超高層ビルが何棟も立ち並び、また駅周辺にはたくさんの飲食店もあって人通りは激しい。肩を抱き合ったアベックや、カバンを下げたサラリーマンのグループなどが急ぎ足で通り過ぎていく。週末の夕方ともなれば、仕事や勉学などから解放されて、楽しい交流の場にでも急いでいるのであろう。
そうした慌ただしい人ごみの流れからいくらか外れた所定の場所に、少しずつ人が集まってくる。リュックサックを背負った学生風の若者もいれば、年配の女性もいるし、私のようなスーツ姿も数名いた。最終的には15名ほどが集まり、定刻を少し過ぎてから活動は開始となった。
まず主催者からの挨拶と、今日の活動内容についての説明があった。
「こんばんは。スープの会の後藤と言います。今日はご苦労様です。初めての方もいますので、簡単にこれからのことを説明しておきます。3つのグループに分かれて、近くの路上でくらしている人たちに暖かい味噌汁を配り、何か困っていることがないのか聞いてまわります。その場で話ができなければ、無料でかけることのできる電話番号を印刷したチラシがありますので、これを渡しくれても結構です」
長身の後藤さんである。ていねいにかみ砕いてゆっくりと話をする。その日は特別に握り飯と肉ジャガの差し入れがあり、それらも配ることになった。大きなポットに味噌汁が入り、具のワカメは小さなタッパーに詰めてある。他の食べ物は、大きな透明のタッパーに入っていた。
経験者を中心にして5名前後ずつの3グループを編成し、都庁や公園組、駅周辺組、歌舞伎町周辺組に分かれてそれぞれ出発した。私は後藤さんの組に入り、都庁から新宿公園方面をまわることになる。
これまでにも新宿駅周辺や上野公園などで、路上で暮らすたくさんのホームレスの人を見たことはあった。昨年のことである。冬の札幌駅前で、雪の舞う中に寝袋で横になっている数名の人たちを直接見たときは驚いた。さらにある本では、札幌よりもっと寒い旭川で冬を過ごしているホームレスの人たちがいることの記述があり、一瞬我が目を疑った。橋の下で氷の壁を造り、厳寒の冬を越しているとのことである。
増えるホームレスの人たちを見たときは気になっていたが、直接に話をしたこともなかった。そのため知人からインターネット経由で紹介されて今回の場に参加しても、いったいどのような対応をすればよいのかまるでわからなかった。
それでもベテランの後藤さんの側にいれば安心である。やり取りしている話しの内容を聞いていると、ホームレスの人たちに対する違和感もすぐになくなった。
「こんばんは。お元気ですか。暖かい味噌汁を持ってきました」
そう言って後藤さんは、ホームレスの人を見つけるとすぐに側へ寄っていく。いくつもの膨らんだ袋や紙バックを並べてベンチに座っている人もいれば、都庁の1階の広い駐車場の片隅で毛布を敷いて横になっている人もいた。新宿公園横の歩道には、何枚ものダンボールを重ねて小さな小屋を造って暮らしている人が何人もいた。
味噌汁を手渡した相手は、全員が50代から60代の男性である。聞くことのできる範囲で、ホームレスになった経過や出身地などを私も尋ねた。失業して家族とも別れて路上に出て、すでに2,3年たっている人も何人かいた。
路上で暮らすためには、食べ物以外にも心配なことはいくつもある。冬になれば凍てつく北風や雪が吹き付けるし、夏になると蚊が襲ってくる。広い車道や駐車場が近くにあり、排気ガスや騒音をいつも受け、健康上の問題も少なくない。
さらに問題なのは、心ない歩行者による嫌がらせである。空き缶や火の付いたタバコを投げつけることもあれば、時にはライターでダンボールを燃やす人もいるそうだ。
少年のグループなどがホームレス狩りをして、金属バット等を使った殺人事件がこれまでにも何度かマスコミをにぎわしたことがある。そうした殺人が特殊な事例でないことを知り、同じ人間でありながら弱者に暴力をふるうことに心底から怒りすら覚えた。
9時頃になると配る味噌汁もなくなり、新宿駅近くの広場に集まり、1時間ほど使って感想や反省を出し合って解散した。
・ ホームレスとは
マスコミなどにホームレスという言葉はよく登場するようになったが、その実態はあまりわかっていない。ところでホームレスとは、特定の住居を持たずに、公園や道路や河川敷や駅舎など公共の空間に、テントや粗末な小屋を造り、またはダンボール箱を利用して暮らしている人々の総称で、同義語として路上生活者や野宿生活者や屋外生活者などがある。
ホームレスの実態について、2003年1月から2月にかけて厚生労働省が実施した全国調査がある。同調査によれば、我が国におけるホームレスの数は、次のように毎年増加している。
1999年 20,451人
2001年 24,090人
2003年 25,296人
最新のデーターを都道府県別で見ると、大阪府の7,757人が一番多く、後は東京都の6,361人、愛知県の2,121人と続いている。
年齢では、55~59歳が23.4%と最も多く、後は50~54歳が22.0%、60~64歳が20.3%、65歳以上が15.1%であり、50歳以上の中高年で8割をこえ、平均年齢は55.9歳になっている。
路上生活の形態では、公園が48.9%と一番多く、河川敷17.5%、道路12.6%、駅舎7.5%と続いている。
路上生活の期間でみると、1年未満が30.7%と一番多く、1年以上3年未満が25.6%、3年以上5年未満が19.7%、5年以上10年未満が17.3%、さらに10年以上は少ないがそれでも6.7%いる。
仕事と収入でみると、64.7%の人が働き、その内訳は廃品回収67.9%、建設日雇15.7%、運輸日雇2.0%、その他の雑業1.5%となっている。収入の金額では、月額1万円以上3万円未満が35.2%、3万円以上5万円未満が18.9%、さらには1万円未満が25.0%もいる。物価の高い都会であることを考えなくても、我が国ではとても人並みに暮らすことのできる収入ではない。
困ることや辛いことでは、「食べ物が充分にないので辛い」が40.1%、「入浴や洗濯などができず清潔に保つことができずに困る」が38.8%、「寒さをしのげず辛い」は34.8%、「寝る場所を探すのにとても苦労している」が15.3%ある。
この調査では、ホームレスの人たちのきわめて厳しい生活実態が浮き彫りとなり、中小企業の景気の低迷が続き貧富の差がより拡大する我が国では、さらにホームレスの人数が増えるものと予想され、早急な社会的対応が求められている。
・「スープの会」を訪ねて
新宿駅周辺でボランティアをした後日に、主催した「スープの会」が運営している施設の1つである「風まち喫茶」を訪ねた。地下鉄東西線の早稲田駅から、徒歩で10分ほどの静かな住宅街の一角にある。通りをはさんでベンチなどを備えた街の公園があり、木陰に数名の高齢者が座っていた。
「風まち喫茶」は、四辻の角にある鉄筋コンクリートの建物の1階にあった。観音開きのドアや大きくとった窓は透明のガラスで、外の光が部屋へよく入るように工夫されており、開放感にあふれている。入り口横の小さな花壇には、緑の葉を付けた木がいくつか植わり目に優しい。
10畳ほどの広さの明るい部屋に入ると、中央に細長いテーブルがあり、壁には流しやコーヒーメーカーもあれば、いくつか並んだ本棚には、色とりどりの可愛い置き物や書籍なども入っていた。
事前に調べた「スープの会」のホームページでは、次のように会を紹介している。
「スープの会とは、路上で生活する『ホームレス』と呼ばれる方々への訪問活動を行っているNPOです。1994年から取り組みを始め、毎週土曜日に新宿で路上訪問を行っています。その活動を通して、『地域』のなかに入って行こうとする方々を支援するために、地域生活支援ホームという宿泊所を運営しています。今回、宿泊所の利用者の人や宿泊所をでてアパート暮らしをはじめた人への支援として、事務所を借りることとなりました」
こうした「スープの会」の経過や具体的な活動などについて、代表である後藤さんからより詳しく話を聞いた。
「都立大の社会福祉科に私がいた頃に、上智大の学生たちと社会について勉強している中で、ホームレス問題に出くわしました。何回も勉強会を持ちましたが、理論だけでは物足りずに悶々としていたものです。議論だけでは実態がよく分からず、路上にまず出てみることにしました。
話を聞くことができるのか不安なままで、とにかく路上に出てホームレスの人たちに会いました。すると、『お前と同じくらいの息子がいてよ』とか、『もう一度背広姿を息子に見せたい』と話してくれました。ホームレスの人たちとのつながりを実感できた、はじめての体験でした」
93年から1年ほど続いた学習会には20から30人が参加し、その後の路上での訪問には大学別に3~4人が組になって実施した。当時の活動は、給食とアウトリーチが中心であった。給食の活動とは、コンビニエンス・ショップの弁当を配達するとか食事の炊き出しをすることで、アウトリーチの活動とは、路上訪問だけでなくホームレスの人が路上生活を離れて、更正施設などを経て再び社会に戻っていく過程をサポートすることである。
ところが2年ほどたった頃に、給食を担当していたグループが、急に活動を停止した。いくら炊き出しをするとか弁当を運んでも、その先が見えないという無力感におそわれたのである。またアウトリーチを活動していても、社会復帰した人の半分ほどが再び路上に戻り、ここでも路上の先に何があるのか見えなくなっていった。
「96年頃まで試行錯誤でしたよ。土曜日に路上に出てホームレスの人たちに声をかけるだけのことから、電話相談やハローワークへ一緒に出かけて仕事を探し、もしくは付いていってアパートを探したこともあります。
そうした取り組みを個別に何回繰り返しても、なかなかホームレスの人たちの生活が改善されるわけではありません。このまま同じ活動をしていて良いのだろうかという疑問が、私を含めて仲間たちの間に広がりました。路上の先にいったい何があるのか、当時の私たちにはまったく見えなかったのです」
努力しても期待した効果が現れなければ、不安になるのは当然のことである。
・ 地域とのつながり
後藤さんたちの解決の糸口のヒントは、新宿区社会協議会(社協)との出会いから見つけることができた。ホームレスの人たちがたくさん暮らしている新宿の街のありようを見直すために、何回となく新宿区社協を訪ねている中で、区内のボランティアグループやNPOをネットワーク化し、地域のコミュニティの再構築を図るためのボランティア5カ年計画を知った。横のつながりを作るために区社協が、主催して開いているボランティア連絡会にも参加した。
「はじめて他のグループの人たちと、ホームレスの支援について率直な話し合いをしました。それまでホームレスの支援は、私たちのグループだけの問題としてとらえていました。そうではなく、さまざまな活動をしているグループと、ネットワークを組んで支援することを考え始めたのです。
これまでのように地域だけにホームレスの受け入れを任せるのでなく、スープの会がホームレスの居場所を地域の中に造り、そこを拠点にしてホームレス支援の新しいコニュニティをつくることにしたのです」
それまでつながっていた学生だけでなく、ボランティアセンターや早稲田大学のまちづくりNPOなどとも連携を強めている。
こうして路上から地域へと発展してきた「スープの会」の活動は、現在ホームページで以下のように大別している。
「(1)路上訪問:毎週土曜の夜、新宿近辺の路上生活者の方々を訪問して歩きます。パンや味噌汁、フリーダイヤル電話相談の案内ビラなどを配りながら、一人ひとりを訪ね歩いて声を掛けます。訪問を通して、路上に人と人の出会いを育むことからはじめます。
(2)フリーダイヤル電話相談:路上訪問での出会いをきっかけとして、医療や仕事探し、社会福祉諸制度の利用について相談が来ます。場合によっては病院やハローワーク、福祉事務所等への付き添いもおこない、具体的な社会保障制度・政策の導入をはかります。
(3)地域生活支援事業(地域生活支援ホーム・おもかげ舎、あかとき舎、やまぶき舎)
:生活保護を利用するなどして地域のなかに入っていこうとする方々の生活を支援します。宿泊所・隣保館を運営し、またアパート生活等に移行される方々の生活をサポートするデイサービスを展開します。地域のボランティアグループや、デイサービスなどの社会資源とのネットワークづくりの足場となります」
10年というまだ浅い歴史ではあるが、多彩な活動をすでに展開している。
・ ホームレスのニーズに応えて
「スープの会」が運営している施設について、もう少し詳しく触れてみる。まずはホームレスの自律を支援する基地として、2000年に立ち上げた地域生活支援ホーム「おもかげ舎」である。後藤さんの話が続く。
「屋根を構えるだけではダメでして、地域との関わりの場としてネットワークづくりの中で、地域生活支援ホームである『おもかげ舎』を造りました。ホームレスの人たちたちが、生活保護や介護保険を利用できるためには、住所が必要ですのでそれを提供することにしました。2つ目が近所づきあいなど日常の生活感覚を取り戻すため生活拠点にすることで、3つ目には生きがいや生活実感を持つことができる場の提供です」
つまりひとり暮らしをすることは難しくても、集団による生活はできるホームレスの人たちを対象とした、長期型のグループホーム的な位置付けである。使用するアパート近くの住民の中には、ホームレスの人たちがやって来たら大変になると先入観から身構えていた人もいたそうだが、理解のある地元の民生委員などの協力によってスムーズに受け入れられた。
制度を利用すれば、ホームレスの人でも生活保護や家賃や医療費に相当する金額を受け取ることができる。このため当時は、「ホームレスが金になる」として、6畳の部屋に3段ベッドを置いて8人も詰め込む悪徳業者もいたそうだ。
この定員16名と緊急一時保護枠1名の「おもかげ舎」が軌道に乗り、2002年3月には定員14名の「あとかき舎」、同じ年の11月には定員6名の「やまぶき舎」を開設した。専任のスタッフが常駐して24時間の対応をしている「やまぶき舎」では、緊急を要する人や短期の入所でも社会復帰のできるホームレスの人たちを対象とし、当初は相部屋もあったが、今は全て個室にしている。
他方の「あとかき舎」は、「おもかげ舎」と「やまぶき舎」の中間的な役割りを果たしている。
そして「風まち喫茶」である。ホームレスを抜け出して自活しようとする人だけでなく、一人暮らしの高齢者や、病気や障害を持ちながら地域で暮らす人たちが、気軽に集まることのできる場所を目指した。2時から5時までの間は、ペーパードリップのコーヒーを提供し、最近では毎週金曜日の3時から誰でも参加できる食事会を開いている。喫茶店の空き時間には、地元のサークルなどに貸し出しをして、打ち合わせやイベントなどに使ってもらっている。また地元のお祭りやサークルなどの情報を掲示するなどして、楽しい出会いの場になるように工夫している。
こうしたスープの会の運営方法や今後の課題などについて、再び後藤さんに語ってもらった。
「5人の世話人で月に1回の運営委員会を開き、年に1回の総会で基本的な方針を確認しています。それらの計画に沿って実行するために、私を含めて有給の職員4名と、時給1000円を支払っているパートさん、それに無償で協力してくれているボランティアの方約20人が活動しています。年間で1000万円ほどかかるホームの維持費は、利用している生活保護者が受け取る住宅補助費や、一般の方からのカンパや講演会の講師料などをあてています。
路上から地域へというこれまでの取り組みで見えてきた方向は、これからも大切にしていきます。地域には今、ホームレスの問題だけでなく、外国人と住民との摩擦もあれば、引きこもりで苦しんでいる人もいれば、家庭内暴力に悩んでいる人も増えているようです。そうした人たちを支援している団体や個人ともネットワークを広げつつ、ホームレスの人たちの暮らしを応援していきたいですね」
ホームレスの問題を路上という部分として捉えるのでなく、多用な関わりで支えあっている地域の中で再生の道を追求している。
連絡先
「スープの会」事務所
〒162-0803新宿区赤城下町53番地
スープの会・地域生活支援ホーム
代表 後藤 浩二
tel /fax: 03-3260-1877
携帯:090-4009-4719
mail : soup1994@pop06.odn.ne.jp
