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(財)生協総合研究所 研究員 西村 一郎
・ 「みたか市民プラン21会議」を訪ねて
3月最後の土曜日の早朝、東京の西に位置するJR三鷹駅前からバスで三鷹市役所に向かう。温かい日々が続き、沿道の桜が春を告げるように白い花を咲かせ始めている。北国と異なって、葉が芽生えるまえに枝一面に桜の花がかぶさり、豪華な雰囲気を醸し出す。
15分ほどで目的地のバス停に到着し、案内を受けた市役所内の会議室へと向かう。「みたか市民プラン21会議」の第13回全体会に参加するためであった。
全国各地で市民の参加したまちづくりが提唱され、いくつもの実践がすすみつつある。そうした話題の一つに、「みたか市民プラン21会議」の取り組みがある。普通は市民がまちづくりに参加するとき、まず行政が一次案を提出し、それを元にして市民は議論することが多い。
つまり別の表現をすれば、市民と行政が対等の関係でなく、あくまでも行政が中心であり、市民は与えられた条件の中で点検とかコメントをはさむ程度の関わりが一般的である。
その点この三鷹市では、まず「みたか市民プラン21会議」に参集した多数の市民が、基本的な方向を指し示し、それを元にして行政の政策作りがスタートするところに特徴がある。
会議開始の定刻である10時になると、3つの会議室をつなげた広い会場には150人ほどが座り、横の人と雑談したり資料などに目を通したりしていた。
司会者が開会を宣言し、まず今日の全体会にオブザーバーとして参加している私を含めて数名の紹介があった。遠くは北陸からも来ており、「みたか市民プラン21会議」への関心の高さを示していた。
開会の挨拶は、2人いる会の代表の一人である清原慶子さんである。東京工科大学メディア学部の教授で、三鷹市に在住し以前から三鷹市まちづくり研究所に積極的に関わっている方である。本日の全体会の目的は、市民の作ったまちづくりの素案をベースにして市の素案ができたので、それに対する意見を集約することであることを簡潔に説明していた。
市長に代わって参加している助役の挨拶もあり、行政の側の積極的な姿勢も伺うことができた。
挨拶の次は、報告事項として事務局とコミュニケーション推進委員会からの報告があった。こうしていよいよ本日の中心議題に入る。職業や年齢の異なる人たちが多数集まった場であるため、議事運営に細かい神経を使っていることがよくわかる。
予定表に沿って、「基本構想第1次素案への意見書確認と提出」に関する議論へと入っていった。
ここでまず2名の議長を選出する。立候補がないときは、10ある分科会の各代表が順番に担当することになっており、ここでもその慣習で男女1名ずつが選出された。すでにメンバーには、A3版の両面で15ページにも及ぶ「基本構想第1次素案に関する意見書」が郵送入り口で配布されていた。
その書類には、まず市長あてに基本的な考え方をまとめた「三鷹市『基本構想第1次素案』に関する意見書」の1ページがあり、その後に「第1次素案にそって、提案している分科会名及び修正を求める理由」の14ページが添付されている。紙面は細かい文字で埋め尽くされており、読むだけでもかなりの時間がかかる分量である。
清原代表から、文書にそって議論してほしいポイントについての解説があり、さっそく参加者から活発な意見が出はじめた。
意見書をまとめるにあたっての基本的な方針は、次の3点である。
① 総合的な視点でまとめる
② それぞれの意見を対等に尊重して併記する
③ 各分科会提出の原文のまま資料とする
どれもが各分科会で提案された意見を無理にまとめるのでなく、それぞれを尊重する配慮をしていることが理解できる。
それから12時までの間、提案のあった文書の評価についてたくさんの率直な意見が会場から出された。提案された文書を補強する意見もあれば、表現がおかしいとして修正を求める声が出れば、それに反対する意見も上がる。困った議長が討論を整理しようと少し丁寧なコメントをすると、「長く話す必要はない」との手厳しい意見が出る。
「もっと慎重に議論をしたいので、今日だけで結論を出すのでなく、持ち帰って時間をかけて吟味し、後日に改めて全体会を開催して決めるべきでは」との提案もあった。
こうした議論をしているので、はたして今日の全体会で全員の意見がまとまるのか私は不安になってきた。それでも定刻の12時を過ぎたころから、清原代表が上手に整理して一部に必要な修正を加えてまとめ、会合は無事に終了した。
・ 「みたか市民プラン21会議」とは
改めて次の週に、「みたか市民プラン21会議」の事務所を市庁舎の一室に訪ねる。小さな会議室を借りて、ボランティアの人などが交替で常駐していた。その日は事務局長の正満(しょうまん)たづ子さんが対応してくれた。先の全体会で司会を担当されていた方で、30歳までアメリカでくらし、三鷹市では青年会議所で活躍されるなどの豊富な経験をもっている。
細長い部屋の中央に机が並び、周囲の壁にスケジュール表や各分科会用のポストなどがよく整理して配置されている。そうしたいくつかには、カラフルな紙の飾りを貼り付けるなどして和やかな雰囲気をつくっていた。私の質問に対し、正満さんのテキパキした返事が返ってくる。
「事務局の体制は、局長と次長の下に、各分科会の事務担当者、常勤のアルバイトスタッフ、ボランティアスタッフがいて、『みたか市民プラン21会議』の運営に関する事務局機能を果たしています。また、コミュニケーション推進委員会を設けていまして、インターネットを活用して広報や電子市民会議の運営を担当しています」
こうした裏方が支えている「みたか市民プラン21会議」は、図1のような組織図となっている。ピラミット型でなく、みんなの意見を対等平等の関係で民主的に収斂させていくネットワーク型である。
図1
・ 取り組みの流れ
まず正満さんから、資料に沿って「みたか市民プラン21会議」の変遷について説明してもらう。驚いたことに、かなり以前からここでは市民の参加が実行されていることである。正満さんは、これまでの流れを以下の3つに区分し説明してくれた。
① 第一期:準備会以前 (1965年代から1999年3月)
② 第二期:準備会 (1999年5月から同年9月)
③ 第三期:「みたか市民プラン21会議」 (1999年10月から現在)
正満さんの説明が続く。
「第一期のはじまった1965年(昭和40年)ころから、三鷹市の計画案を市民参加で作っていくことがおこなわれてきました。当時の市長さんが、私費でドイツを視察し、市民参加の大切さを持ち帰ったことがヒントになっています。地区ごとに住民協議会ができ、市民参加がすすみました。具体的には、住民が自然とふれる場でもあった丸池の復活を目的とするプランづくりワークショップの成功などで、その後いわゆる『三鷹方式』と呼ばれるようになったコミュニケーション組織が定着していきました。
その後1996年(平成8年)には、市民主体のまちづくりの推進を目的として市民と三鷹市の間に入って両者のコーディネートをし、地域の活性化と総合的なまちづくりを支援するため、(財)三鷹市まちづくり公社が設立となりました。このことによって、市民の参加がよりすすんだのです」
この公社の中にできた「まちづくり研究所第1分科会」では、学者5名と市の職員が参加し、98年(平成10年)12月に「新しい市民参加のあり方」についての提言をおこない、準備会の発足につなげた。
第二期は、99年(平成11年)5月に58名が参加して第一回目の準備会がスタートし、会則、会議ルール、パートナーシップ協定案の作成、インターネットの利用や広報体制についての検討をすすめた。この準備会は同年の9月まで7回開催し、並行して市民参加コーディネーター養成講座を5回開催して準備を整えている。
こうしてきめ細かい下準備をし、いよいよ第三期である「みたか市民プラン21会議」の立ち上げとなる。それもすぐに本題の議論をするのでなく、効率よく全員の意見が集約されるように工夫している。
「お互いに見ず知らずの400名近い方が集まりましたので、まずは10月の第1回設立全体会から『お互いを知ろう』ということにしました。ここでの内容は、会則や会議のルールの説明、そしてパートナーシップ協定の承認、そして代表の選出です。
11月の第2回晩秋全体会では『現状を学ぼう』、翌2000年1月の第3回新年信念全体会からは『課題を選び出そう』、3月の第4回花待ち全体会では『目標を設定しよう』、4月の第5回お花見全体会では『実現の方法を考えよう』、そして7月の第6回七夕全体会から10月の第10回実りの秋全体会まで『まとめ』について議論しました」
よく短期間にこれだけの議論を展開したものである。裏方である事務局の苦労は、さぞ大変だったことだろう。
しかし、これで市民の今回の活動が全て終わりとなるわけではない。「みたか市民プラン21会議」の提案を受けた三鷹市が、それを参考にして行政側のプランを作成し、次にその行政プランを市民レベルで点検し、2001年の秋には双方が合意した政策になるように議論を継続する予定である。
・ 会議の基本ルール
「参加者が自由に意見を発表できる雰囲気を大切にすると同時に、言いっぱなしや聞きっぱなしでは無責任になってだめです。このため多くの人たちが集まり、効率よく話し合いをするためには、どうしてもルールが必要です。そこで私たちは、『みたか市民プラン21会議』の基本ルールを作ったのです」
そう言って正満さんは、資料の一部を指し示してくれた。参加者の全員に配布している手作りの「みたか市民プラン21会議ハンドブック」で、会則の次の項目に「会議の基本ルール」があり、そこには以下のような四つの原則・9つのルールが明記されている。
(1)時間の厳守:時間は全員の共有であり、これを大切にする。
① 会の開始、終了、それぞれの発言時間、待ち時間を厳守する。
② 事情により会に遅刻、欠席する場合はその都度、必ず事務局に連絡する。
(2)自由な発言:自由な発言を最大限に尊重する。
③ 参加者の見解は、全て1単位として扱う。(所属団体の公的見解であっても同じ)
④ 特定の個人や団体の批判中傷は行わない。
(3)徹底した議論:徹底した議論から相互信頼の土壌をつくる。
⑤ 議論は冷静にフェアプレイの精神で行う。
⑥ 議論をすすめる場合は、実証的かつ客観的なデーターを尊重する。
(4)合意の形成:合意に基づく実効性のあるプランづくりをめざす。
⑦ 問題の所在を明確にした上で、合意形成をめざし、いったん合意した内容はそれぞれが尊重する。
⑧ 事例を取り上げる場合は、客観的な立場で扱う。
⑨ プログラムづくりにあたっては、長期的取り組みと短期的に取り組むものを区分し、実現可能な提言をめざす。
この他にも、「発言の公平性(順序)」、「意見集約方法」、「会議の公開」についても簡潔にポイントをまとめている。
どれもが大切な項目である。ときには議論が白熱し、相手を指して「お前はしゃべるな!」というような場面もはじめのころあったそうだが、そうしたときにはこのルールに立ち返った。参加した一人ひとりの意見を尊重しつつ、「みたか市民プラン21会議」として集約していく方向がきちんと示され、今日までたくさんの全体会や分科会を開催し、会議の運営の基本として、参加者全員が大切にしているそうだ。
・ パートナーシップ協定
「会議の基本ルールと並んで会の運営に大きな役割を果たしているのが、三鷹市と私たちが提携したパートナーシップ協定です。これもハンドブックの中に全文を入れてあります。私たちの提言について行政側が対等の関係できちんと受け止めてくれたことを、協定という形で約束して公にしてくれたものです。せっかく私たちが時間をかけて提言をまとめても、それが行政の計画に反映されなければ、これだけたくさんの市民が積極的に参加することにはならなかったでしょう」
正満さんの説明が続く。「みたか市民プラン21会議」の活動を効果的に進めるため、ここまで丁寧に準備をしていたのかと私はまた驚いた。ハンドブックには、4ページにわたって「みたか市民プラン21作成に関するパートナーシップ協定」の全文が記載されている。具体的には以下のような項目である。
1, パートナーシップ協定の目的
このパートナーシップ協定は、市の制作形成や三鷹のまちづくりに市民の意見を反映させるための「みたか市民プラン21」を作成するにあたり、「みたか市民プラン21会議」と市との間の関係や役割分担、相互協力の内容などを定めるものです。
2, みたか市民プラン21会議の構成 (略)
3, 協働に関する3つの原則
みたか市民プラン21会議と市とは、協働の精神に基づいて、互いに次の原則を遵守します。
(1) 対等な立場に立って議論や意見交換を行うこと。
(2) それぞれの自主性を尊重すること。
(3) 進捗状況について相互に連絡を密にし、互いに協力すること。
4, 役割と責務に関する8つの約束
(1) みたか市民プラン21会議の役割と責務(詳細は略)
① 自立的な組織として市民プランを作成します。
② 市民の意見や要望を幅広く集めて市民プランを作成します。
③ 市民相互の意見調整に努めます。
④ 情報を公開します。
⑤ プライバシーを守ります。
⑥ 計画素案への意見表明を積極的に行います。
⑦ 費用の使途を明確にします。
⑧ 2000年10月末を目標に市民プランを作成し、市への提言を行います。
(2) 三鷹市の役割と責務(詳細は略)
① みたか市民プラン21会議に対して情報を提供します。
② みたか市民プラン21会議と市の各セクションとの間の連絡及び意見調整を行います。
③ みたか市民プラン21会議の活動に必要な場所を提供します。
④ 専門家の派遣や調査活動などについて支援を行います。
⑤ 市民相互の意見調整を行うための支援を行います。
⑥ みたか市民プラン21会議が作成する市民プランを最大限、計画に反映します。
⑦ みたか市民プラン21会議に計画素案を提示し意見を求め、内容を調整します。
⑧ 運営上必要な経費を予算の範囲内で負担します。
5, 相互の連絡調整について(略)
6, パートナーシップ協定の有効期限(略)
7, 市民プラン作成後の検証・評価について
8, その他
この協定は、1999年(平成11年)10月に、市の公会堂別館に集まった約200名の市民が見守るなかで、当時の「みたか市民プラン21会議」代表の3名と市長との間で締結された。この日は「みたか市民プラン21会議」の設立全体会で、ここから基本計画策定までの約1年に及ぶ活動が本格的にスタートしたといえる。
・ 政策提案書「みたか市民プラン21」
こうした前提条件を整理して、みたか市民プラン21会議の参加者は、10もの分科会に分かれて熱心な議論をした。集まった市民は、以前からの市民活動家もいれば主婦もいるし、仕事もまちまちである。年齢別に見ても、20歳前後の学生から会社を定年になった人までと、幅広い層であった。
分科会のスケジュール表を見ると、連日のように会合が続き、同じ日にいくつもの会が開催されていることも珍しくない。7月から8月の夏休みも関係なく、むしろお盆の休みを使って合宿をした分科会もあるほどだ。
議論に議論を重ね、ついに1年後の2000年10月に「みたか市民プラン21」をまとめて市に提案した。それまでの議論は分科会で延べにして前月の9月までに300回を越え、全体会も9回開催していた。そのときの報告書は、A4版で実に137ページにも及び、以下のような目次になっている。
◇ こんな三鷹にしたい
Ⅰ 三鷹らしいまちづくりのための新しい視点
Ⅱ 提言の前提として考慮すべき条件等
Ⅲ 分科会提言
Ⅳ みたか市民プラン21会議関連資料
◇ 協働のまちづくりに向けて
「まちづくりの新しい視点」では、「地球」「協働」「循環」「共生」の4つのキーワードでポイントを説明し、提案の本論とも言うべき「Ⅲ 分科会提言」では、各分科会に次のようなサブタイトルを付けて、提言の基本視点や提言項目などについて詳しく具体的に触れている。なお、人数は各分科会の参加者数である。
第1分科会「都市基盤の整備」―「アメニティ豊かなまち」をめざしてー 40人
第2分科会「安全なくらし」 ―子どもたちに三鷹の未来を約束― 38人
第3分科会「人づくり」―自立を支える学習と市民ネットワークーA30人、B29人
第4分科会「安心できる生活」―みんなの笑顔に逢いたくてー A25人、B36人
第5分科会「都市の活性化」―地域・産業・市民生活の活性化のしくみを考えるー29人
第6分科会「平和・人権」―人権が尊重され、安心して住める三鷹にー 31人
第7分科会「市民参加のあり方・NPO支援」―いつでも・だれでも・ひとりでもー27人
第8分科会「情報政策」―三鷹らしい「温もりのある情報化」を提案しますー15人
第9分科会「自治体経営」―「市民自治都市 みたか」の構想― 21人
第10分科会「地域のまちづくり」―地域のことを、地域で考えるための仕組みづくりー23人
無所属 固定した分科会への継続的な参加が難しい人 31人
合計 375人
たとえば一例だが第2分科会「安全なくらし」では、持続可能な社会実現のための「環境学習」について、公園ボランティアの導入やビオトープの造成、市民農園や学校農園の充実を提言するといったようにそれは具体的である。
・ より幅広い市民の参加
「みたか市民プラン21会議」では、直接参加した市民だけでなく、他の多くの人たちからも広く意見を集約している。
まず2000年2月には、三鷹市との共催で市民アンケートを実施し、15歳以上の市民3000人から、「今後5年間で重点的に取り組んでいくべき施策」について郵便による調査を実施した。ここでは、高齢者や障害者福祉、ごみ収集、リサイクル、市民生活の安全の確保などを多くの人が強調した。
同じ年の7月には、中間報告に対しても一般の人たちから意見を集めている。具体的には、中間報告を知らせる「みたか市民プラン21会議」の広報紙に、アンケート付きのハガキを入れ、またインターネットによっても中間報告を公開してメールでの意見も受け付けている。
こうした取り組みは、パートナーシップ協定でうたわれていることであるが、正満さんの話では、以前から幅広い市民の声を聞く工夫のされていたことがわかる。
「私たちは、『みたか市民プラン21会議』を立ち上げるときに、既存の住民組織からも貴重な知恵や協力も得たいと考えて、それぞれの団体を訪問し、代表の方とよく話し合いをしてきました。そうしてその組織の代表としてではなく、あくまでも三鷹市民という個人の資格で関わってもらうことで、みなさんから了解してもらったのです」
こうした幅広い取り組みによって、一部の市民だけの意見でなく、行政としてもより安心して提言を受けることのできる報告書となったわけである。
・インターネットの活用
より幅広い市民の声を効果的に集め、「みたか市民プラン21会議」をスムーズに運営するために、インターネットの活用は不可欠な存在であったそうだ。正満さんの解説が続く。
「最初のころは、電子メールを使っている人は1割もいなかったほどでした。このため会議の案内や議論したことなどは、ファックスや電話や紙に印刷するなどして各自へと伝えてきました。全員に伝えるものは、全て印刷物にして郵送です。
ところで、複数の人たちで意見交換するのに、電子メールほど便利なものはありません。素早く発信して、短時間に関係している全員が問題意識を共有化できます。このためメンバーの間をインターネットでつなぐ、いくつものメーリングリストが活躍しました。
こうしたこともあって、最近では約半数の人たちがインターネットを使ってメールのやりとりをしています」
1年ほどでメールの利用者が1割から5割になったというのだから、驚くべき変化である。それだけコミュニケーションの道具として、インターネットは効果があるということだろう。
また、分科会を含めた全ての議事録は、複数のボランティアの協力によって電子情報としてパソコンに入力してある。他の情報も電子情報化し、これらは一緒にして「みたか市民プラン21会議」のホームページ(http://www.mitaka21.city.mitaka.tokyo.jp)にのせてあり、部外者であっても自由に閲覧することができる。
3月に開催した第13回全体会以降も「みたか市民プラン21会議」は、4,5,6月と毎月全体会を開き、三鷹市の考える基本計画に対する意見をまとめてきた。この流れにそってやがて9月には、三鷹市議会の場においていよいよ政策を決める予定である。
「みたか市民プラン21会議」に関わって政策提言をした多くの市民は、それ以降の政策実現においても積極的な動きをきっとしていくことだろう。21世紀らしい新しい市民の動きの一つが、この三鷹で大きく成長しつつある。
(にしむら いちろう)
