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Blog:西村一郎活動日誌

当サイトは私西村一郎のルポ及び著作物、ボランティア活動等の紹介ページです

人のぬくもりを感じる社会めざし

 -阪神・淡路大震災から10年目のコープこうべー          2/15

                  財団法人 生協総合研究所 研究員 西村一郎

・  あれから10年目の神戸

東京から新幹線で新大阪に入り、電車に乗り換えて神戸へ入る。六甲の山を右手にして、山すそから瀬戸内海までビルや家屋が建ち並んでいる。神戸の町並を見るたびに、10年前のことを思い出す。

1995年1月17日午前5時46分、阪神間はもとより日本中を驚かせた阪神・淡路大震災が発生した。マグネチュード7.3という巨大なエネルギーが地域を襲い、6433名もの尊い人命を奪い、さらにまだ2名の行方不明者もいるという。同時に、家族と同様に暮らしていた犬や猫などは、約1万匹が被災して死んだという。

倒壊した家屋などから、肺がんの原因になるアスベストが浮遊するとして、マスクをして被災地に私は入った。電車はいくつも寸断され、たくさんの家屋が壊れていた。かろうじて全壊はまぬがれても、壊れた屋根にかけた点在するブルーシートが印象的であった。

年を追うごとに復旧はすすんでいった。いち早く大きな通りに面したビルなどは建て直しがおこなわれ、あわせてブルーシートをかけた民家は減っていった。しかし、路地に足を入れると、雑草の伸びた空き地がなくなることはなかった。

繁華街のある三ノ宮で下車し、シンポジウムまで時間があったので神戸市役所横の公園を目指して足をすすめる。駅の近辺も災害が大きかった。毎年のように被災者を支援するイベントが開催された場所でもあり、何回か私も参加したことがある。広い公園の一角には、慰霊と復興のモニュメントとして、透明ガラスの円柱ケースに入った「1.17希望の灯り」がユラユラと燃えている。その台座には、次の言葉が刻んである。

「震災が奪ったもの  命 仕事 団欒(だんらん) 街並み 思い出

・・たった一秒先が予知出来ない

  震災が残してくれたもの  やさしさ 思いやり 絆(きずな)

  この灯りは 奪われた すべてのいのちと

  生き残った わたしたちの思いを むすびつなぐ」

 公園の周囲には、阪神・淡路震災復興支援10年委員会(ひょうごグリーンネットワーク)の植えたハクモクレンの木が並んでいる。震災直後の春にある被災者が、白い花を見て遺族のことを偲んだことを建築家の安藤忠雄さんが知り、復興を応援しようと白い花の咲く木のある街づくりを提案した。モクレン、コブシ、ハナミズキなど、1本の苗木を5000円で市民に広く呼びかけ、これまで実に31万5000本が植わり、季節がくると白い花をつけて人々の目と心を和ませている。

 「被災地に生協あり」と震災直後から、活動が社会からも高く評価された生協の中心にいたのはコープこうべであった。その後も各地で災害が続いている。震災から10年目を迎えたコープこうべからのメッセージを紹介する。

・  復刻版の冊子「こうべからのメッセージ」

地震の発生から半年後に、たくさんの貴重な体験を集めてコープこうべでは、冊子「こうべからのメッセージ」を発行して好評を得た。一瞬にしてガス、水道、電気などのライフラインが途絶えたときに、生きていくための生活の知恵や工夫がどのようになされ、また貴重な体験からの提言についても具体的に触れている。このため生協の内外で、実に6万部を普及したというからすごい。

主旨は同じだが、10年たって新たな情報なども盛り込んで、今回の復刻版の出版につながっている。その目次は以下の通りである。

数値で見る私たちの防災意識と行動

 今、グラッときたら備えは?/もう大きな地震には遭わない?/大型家具はどうしてる?/もしものときの連絡は?/家屋など長期間使用するものは賃貸がよい?/食べ物・飲み水の確保は?/非常用の荷物は?災害に備えて準備しているグッズBEST10

ボランティア・市民活動

 私の思い/震災後の歩み

南海地震・東南海地震に備えて

 知っておきたい!地震の正体/知っておきたい!津波の正体

体験者として語り継ぐこと

補足データー

地震、その時

復刻版「コープこうべからのメッセージ」(1995年6月発行 一部割愛)

家族で防災会議を開こう

我が家の防災ノート

例えば「役に立ったグッズBEST20」では、懐中電灯、食料品、ラップ、ビニール袋、小型ラジオ、トイレットペーパー、電池、ウエットティッシュ、手袋・軍手、小銭、使い捨てカイロ、カセットコンロ、下着、薬、紙コップ、飲料水、アルミ箔、紙皿、生理用品、帽子である。

1月に発生した震災の後に役立った品物だから、他のシーズンであれば使い捨てカイロなど不必要な品もある。それでも紙皿にかぶせて洗う手間を省いて衛生的に食事をすることのできるラップやアルミ箔は、いざというときには重宝な存在であることをこの冊子から知ることができる。

冊子は、消費税込みで1冊250円プラス送料110円で、コープこうべ生活文化・福祉部(電話078-431-9383またはFAX078-431-5820)から取り寄せることができる。

・  朗読劇「五十年目の戦場・神戸」

「見たもの 聞いたこと

 見えてきたもの 聴こえてきたこと

 見つからなかったもの 聞きに行ったこと 思い知らされたこと

 まだある

 言わないもの 言えないもの

 まだある」

1月16日にコープこうべが開催した「震災10年フォーラム」の会場である。コープこうべのボランティアサークル「だいご」に所属する8名の女性が、背を伸ばして壇上に立っている。淡いピンクやブルーなどの異なった色のトータルネックのシャツを着て、黒いズボンをはき、濃いブルーの台本を両手で持って順番に朗読していく。車木蓉子さんの作品を使い、梶武史さんが構成した朗読劇である。

「妹と兄と

  まっくらななか お兄ちゃんの手をひいて逃げました

  寒かったけど運動場におりました

  お兄ちゃんは障害があるのです

  それで わたしが男の子で力もちだったら

  お母さん助けられたのに 荷物も出せたのに」

「父と息子

  土砂に埋まって さいごまで 指と指しかふれられなくて

  息子は ありがとうと言いました

  この春 大学卒業だった」

 震災当時の生々しい状況が、静かな音楽をバックにしたいくつもの朗読で、会場にいる沢山の参加者の胸へと伝わっていく。サークルの各自は、何回も練習をして発声の強弱やリズムを工夫し、一言ひとことに真心を込めて口を開ける。

 「子ども二人を連れて 京都まで 飲まず食わずで ただひたすら歩き続けた母親もいます。五十年前、神戸空襲で焼け出されて逃げたときと 全く同じだと思いました。(略)復興の主役は子どもたちです。経験がどう生かされて大人になるかだと思います。勉強勉強と言っていた母親が、『何よりも生きる力が必要なんだ』と、キッパリ言いましたねえ・・・。

家族の大切さ、父の、母の大切さを、見直した子どもがいっぱいいます」

 言霊(ことだま)という言葉がある。かつて古代人が、その使い方によって人間の幸せや禍に影響を及ぼすと信じていた言葉の持つ不思議な力のことである。朗読者の体の奥深くから発する言葉は、まさに言霊となって参加者の心を揺さぶった。何人もの方が、ハンカチや手で目頭をおさえていた。

  「友ニ助ケラレルコトデ 友ヲ助ケルコトデ

  ボクタチモ気ヅイタ

  人間ヲ救エルノハ人間 ハートヲ熱クサセルノモハート (略)

  避難所ノ中デ イロンナ オイチャン オバチャン ト クラスコトデ

  ワタシモ コノ地域ノ ヒトリナンダ ト 自分ヲ見ツメタ」

 最後のフレーズは、全員が横一列になって声を合わせた。

  「生きていくために 思いおこさねば ならない

 見なれたもの ぼくらを形づくって くれたもの

  目にみえる事を 支えていた 聞こえない色

  見えない音 動かないもの 静かな意思を 気づかねばならない

  互いに いたわりあって

  しっかりと 歩いていくために

  しっかりと 生きていくために

 生まれるまえから あったものを」

 約20分の朗読劇が終わり、会場の隅々まで大きな拍手が鳴り響いた。

・  フォーラム「震災からのメッセージ」

朗読劇の後は、(社)神戸社会福祉協議会の今井鎮雄理事長と、コープこうべ野尻武敏理事長の対談である。1時間20分に及ぶ対談には、震災からの大切なメッセージがいくつも含まれている。少し長くなるがそのポイントを以下に紹介する。

まずは震災でお二人が感じたことから入った。

今井

「戦後の私は、『一人は万人のため、万人は一人のため』という哲学で、もう一度日本を立ち上げたいと生協に入りました。震災で私の原点になった生協本部の壊れたことが最大のショックでしたが、そこから何が考えられるかと思いました。神戸新聞に集まった人たちで、『この震災を契機に、新しいメッセージを発信することが必要ではないか、今何が必要なのか』と話し合い、それが記事になりました。「神戸の復興を世界のモデルに」との思いで話し合ったのですが、私のコメントのタイトルは『新しい価値観の創造へ』でした。一体何を中心にして私たちは社会を建設してきたのだろうか。人間はどうしたらお互い同士が豊かに生きていけるのか、その原点をもう一回考えることが必要でした」

野尻

「戦争から震災まで50年、日本人は生活をよくし、経済を高度に成長させることに重点があって、何が大切かを忘れてきました。それを震災は思い知らせてくれたのです。形あるものは崩れ去り、残るのは心や人間的なぬくもりで、これらは結局一人でできてくるのでなく、互いの命の通い合いの中で生まれます。人と人との絆の中で、人間的なぬくもりを感じ、これこそが大切です。『震災で何もかも失いました。しかし、人間に一番大切なものを手に入れました』と言われた方が、あの頃ずいぶんいました。初めて心の触れ合いを感じる、これこそ人間に一番大切なことだと自覚したのでしょう」

次には、「目に見えない大切なものが見えてきた」として、ボランティアの大切さやコミュニティの話へとテーマは移る。

今井

「関東大震災の時に賀川豊彦は、神戸からすぐ横浜へ行き、そこから歩いて東京を視察し、急いで神戸へ帰って食糧や毛布などを集めて船で横浜へ運びました。それから被災地に小さなテントを立て、食糧を配給して医療センターを作りました。これはボランティアのはしりとして、日本の災害史においても画期的な事例とされています。

今度の震災がボランティア元年と言われ、大勢の人たちがボランティアをしました。しかし、その数だとか認知だとかは別にすると、実は今回が「元年」でなく、お互いの心をつなぎ合うことの大切さは、昔から人々に理解され伝えられてきたのです。私たちは、組織としてのボランティアであると同時に、心の中のボランティアについては、先駆者として自信を持ってもいいでしょう」

野尻

「県のシンクタンクの研究所で、震災後の実態調査をしました。震災弱者は多くが高齢者とか障害をもつ人たちで、当時、被災地域の高齢化率は17%でしたが、高齢者で亡くなった人は41%もいて、その原因も調べました。都市部では、『どこにどんな高齢者がいるか全然知りませんでした』というのが印象的な回答でした。同じ調査を震源地であった淡路島の北淡町ですると、ここではどこにどういう年寄りがいるか知っているだけでなく、どの部屋にどういう年寄りが何時頃から寝ているかも知っているということでした。そしてあの時もっとも活躍したのは、ボランタリーな組織の消防団です。

つまり、コミュニティがしっかりしている所ほど震災に強かったのです。日頃の見えないコミュニティとか人間の絆とかに、人々の目が向いていきました」

求められるコミュニティは、社会のあり方とも深く結びつき、これまでの経済中心でなく、人間関係を重視した新しい社会づくりがかかせないのだとお2人は強調する。

今井

「効率中心の社会で、お互いの助け合いができるのだろうか。儲けを少しずつ配分することはあるかもしれませんが、助けの必要な人たちも含めた社会をどう作るかという哲学がないのです。持っている潜在力や隠された能力とか、人間としてどう生きるかを大切にし、人間の尊厳とか人格とかを受けとめる新しい社会が求められています。

機械や電力が発達した社会で暮らしは便利になりましたが、心そのものはかえって貧しくなっているのです。この反省が私たちの社会の主流になるかどうかです」

野尻

「成長社会を代表する近代都市で、そこの生活がどんなにもろいものであるか、成長社会から成熟社会へ向けて何が大切なのかを震災は教えてくれました。個々の人間も大切ですが、その自立の上に立ったお互いの助け合いとか思いやりも劣らず重要です。かつてどこの国でも近代に入るまでは共同体的でした。戦後は共同体が潰れ、個人と個人の権利が前面にたち、その権利の保障ばかり要求してきました。個が中心の社会は競争社会ですから、市場と結びあって大きく効率を上げ高度の経済成長を達成してきたことは確かです。だが共同体を失ったものがどんなにもろいかを知らされました。資本主義も共産主義も共にくずれ、ボランタリーな社会活動が社会を大きく動かすようになって来ました。生協はこれを代表するものの一つです。生協は史上はじめて社会編成の主役になってきたと思います。」

助け合うことが、相手のためだけでなく自分の成長にも貢献するとして、対談はケアの本質に迫っていく。

今井

「専門化するほど技術は高度化するかもしれませんが、大事なケアは削ぎ落とされます。そのことが近代社会における一つの大きな問題で、地震はそれに対する警告と言われています。成熟社会において、かつてコミュニティを形成してきた生協は、一体今何を自分の一番大事な問題としていくべきかを問われています。地域における交わりの場がどれだけ大事かと考えた時に、生協はどんな役割を果たさなければならないのか。これがこれからの大きな問題です。市民福祉社会とは、震災を契機に、人間として最も充実した新しい社会を作るため、どんな目標を持ち担い手をどうするかです。

機能化されるほど削ぎ落とされるケアを支えるのが福祉で、排泄や食事の世話をすることだけではありません。それは一つの方法です。各自が自立し自覚し、人間として育てていくものを助けることです」

野尻

「ケアは、ケアをしている相手からかえってケアされることがあり、これをケアの相互性と言います。情けは人(他人)のためならずという言葉があります。人の為に何かすると巡り巡って自分がまたケアされる意味です。私はもっと直接的に解釈していいと思います。人の為にすることは人を思いやることですが、思いやりのあるなしによってその人の人間としての豊かさが決まってくるからです。誠実にケアをすることによってケアする人が人間として豊かになるわけです。そして人は人のためにしていると実感するときに生きがいを感じるものです。これがケアの基本で、生協活動にはそういうものが本来含まれているのです」

こうして震災10年をふまえて、市民福祉社会の形成を目指すという神戸からのメッセージを盛り込んだ対談は終了した。

・  震災を風化させない

他にもコープこうべでは、震災を風化させないためにいくつもの取り組みを行なっている。その1つが、本部で作成した「災害対応マニュアル」である。1996年に作成したものをベースにして2004年に改訂し、膨大な項目についてマニュアルを整理し、また 利用しやすくCD-LOMにもしている。

例えば、マニュアルの最初にある「災害時における生協の基本方針(組織の使命)」では、以下のように簡潔にまとめている。

地域社会への気配り

 1 組合員・職員の人命尊重を優先する

 2 応急処置を適切にして災害の拡大を防止する

 3 地域情報を迅速にとらえて地域社会に役立つ行動をする

生協財産の保全

 1 施設の保全に努める

 2 商品の保全に努める

災害時における職員の基本姿勢

 1 災害発生時に職員の一人ひとりが「そのときどうする」のか行動レベルで明確になっていること

 2 災害規模にかかわらず、第一線事業所の職員がそれぞれの持ち場で何をしなければならないのか明確になっていること

 3 第一線を支援する形で、地区対策本部がさらには緊急対策本部が何をするのか全員で共有できていること

それぞれが大切な基本理念である。

また全体での取り組みだけでなく、各地域ごとにも震災を風化させないために創意工夫した企画を、以下のように実施している。

第1地区 震災朗読劇と防災予防についての講演。地域の青少年リーダーなども参加し、ボランティアフェスティバルを開催。

第2地区 震災ビデオの上映や炊き出しなどによる当時の振り返り。ボランティア活動者の体験や意見交流など。

第3地区 震災当時から連携してきたNPO法人ブレーンヒューマニティ代表の講演。 パワーポイントと語りによる振り返りやバザーなど。

第4地区 ボランティアの自作自演による劇「ボランティアひろがり物語」の上演を中心にした10年の歩みの振り返りなど。

第5地区 震災時の写真やビデオ上映、10年間の地区の歩みを綴った年表の展示、ボランティアサークルの紹介など。

第6地区 「してきたこと これからすること」をテーマに、震災時を振り返るボランティアのつどいを開催。

第7地区 防災学習会、震災の歌を作った小学校の先生の講演、震災時の写真パネルの展示など。

第8地区 地域防災講演会、語り部の話、写真やパネル展示、防災グッズの紹介などを通じて「地域防災」を考える。

それぞれの会場には、ボランティアで関わった組合員さんなどが多数参加し、楽し

く有意義な場となった。

・  「震災10年と市民社会」

1月18日から22日までの5日間、神戸において国連防災世界会議が開催され、世界中の168カ国から参加者があった。「減災社会に向けて」を基調テーマに、以下の9ものセッションで、スマトラ沖地震の直後でもあり非常に活発な意見交換がされた。

阪神・淡路大震災の教訓の発信/世界の災害/被災者の「いのち」をまもる/地域から広がる「いのち」の助け合い/創造的市民社会づくり/地域における産業の新たな展開/災害に強い住まい・まちづくり/災害に強いまちづくりと社会基盤形成/21世紀の災害対策と国際防災協力。

期間中の20日に、コープこうべも立ち上げから深く関わり現在も理事として参画しているCODE(海外災害援助市民センター)が、世界会議関連シンポジウムとして「震災10年と市民社会」を開催した。CODEは、海外被災地の生活支援や復興支援を目的に設立された、被災者・市民・学者・企業・NGOなどのネットワーク組織です。基調講演では、まず芦田CODE代表が「神戸宣言にこめた思い」を語った。宣言とは、2004年12月に「市民とNGOの『防災』国際フォーラム」がまとめた「震災10年神戸宣言」のことである。震災の年からフォーラムを開き、これまでにまとめたキーワードは、語り出す、学ぶ、つながる、つくる、決める、育てるの6つとなっている。

その上でくらし再建と新しい市民社会形成への基軸として次の3点をあげている。

1.    もうひとつの生き方を選択する

2.    最後の一人まで支える

3.    震災文化を伝えていく

 続くパネルディスカッションでは、「くらしを支える市民のきずな」をテーマにして多彩な方から貴重な発言があった。

被災地NGO恊働センターの村井代表は、昨年末のスマトラ沖地震の支援で、CODEによる海外支援が32回にもなったこと、そして支援しているつもりが、被災地から学ぶことが多いと強調していた。トルコの被災者から、「竿や餌をくれないが、魚の釣り方を教えてくれた」と感謝されたことによって、被災者自身が主体的に災害から復興することの大切さを学んだという。

高校に初めて環境防災科をつくった諏訪教諭は、高校生が台風による被災地へと足を運び学んでいることを紹介した。ある被災者が言った。「これまでの人生で一番厳しい災害だった。しかし、人生で一番嬉しいこともあった。高校生がボランティアで困っている私の所に来てくれた」

メキシコから参加したアバルカさんは、20年前のメキシコ地震から活動しているNGOのメンバーである。どこの国でも被災者が、復興や生きる希望を持つことの大切さを話していた。

CODEの室崎副代表は、日本では1000万棟で2000万人が安全でない家屋に住んでおり、被災する前の対策の大切さを説いていた。そこでは防災の心・知恵・技術が重要であり、宣言のキーワードにある、つながる・学ぶ・つくることに通じるとしている。例えば防災のつながりでは、市民や世界へ思いを広げ、時間・分野・相手の気持ちへのつながりの大切さを強調していた。

震災後の10年を迎え、多彩なコープこうべの取り組みから、決して貴重な体験を風化させず、生協の理念に沿って新しい地域社会づくりを、より進めようという熱い思いを感じることができた。

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