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Blog:西村一郎活動日誌

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マーシャルは日本の鏡                     2005年3月31日 西村 一郎

・          破壊される豊かな自然

 飛行機が首都マジョロに近くなると、窓から青い海に浮かぶ緑の細長い島が見えてくる。どこまでも広がるコバルトブルーの海の中で島を取り巻くサンゴ礁は、ライトブルーに輝き美しい。豊かな自然があると感激したが、飛行機を降りて車で街に入ると、別の面も見えてきた。

 街のあちこちには、大型トラックの荷台のようなゴミ入れの容器が置いてあり、市民が不要になった物を捨てにくる。生ゴミはもちろんだし、缶やペットボトルや壊れた家具などなど、分別はまったくせずに投げ込んでいる。

 満杯になる頃に専用のトラックがやってきて、ゴミの入った容器を専用のゴミ捨て場まで運んで埋め立てている。道路のすぐ横にあるゴミ捨て場には、生ゴミなどに無数のハエがたかり、異臭があたり一面に漂っていた。さらには犬などがやってくるので、近くの住民から苦情が出ているとのことであったが当然であろう。サンゴ礁の海に直接捨てているので、きれいな海水も汚染している。このゴミ捨て場はもうすぐ満杯になり、急いで別の場所を確保しなくてはならないが、まだ決まってないとのことであった。

 1982年にアメリカと自由連合協定を締結したマーシャルでは、防衛と安全保障の権限をアメリカに委任し、協定が発効した1986年からアメリカの財政援助を受けるようになり、人々の暮らしが一変した。特に首都のマジョロでは、それまでの自給自足的な暮らしから、アメリカなどから入ってくる肉や加工食品を食べ、車や電気製品に囲まれた「文化生活」をするようになってきた。

 ところが大量の商品が入ってきても、それから発生する廃棄物を再処理する仕組みはできていない。生ゴミを飼料や堆肥にすることもないし、車などの金属でさえ再利用することはなくてただ捨てている。マーシャルにとって今後の大きな課題だ。

 ところで我が国も似たようなものである。増え続ける原発による核廃棄物は、安全に処理する方法が見つからずに貯蔵するだけである。またゴミの量も中途半端ではない。暴力団の資金源にも深く絡んだ産業廃棄物は、各地で大きな社会問題となっている。そもそも2000年の我が国が輸入資源と製品の総重量7.7億トンに対し、輸出しているのはわずかに1億トンであり、このアンバランスがしばらく続いている。焼却して地球温暖化につながる二酸化炭素ガスを出し、ときにはダイオキシンを発生させて重量は減らしているが、それでも膨大な量が各地の海や山に捨てられている。

 人間も自然の一員である以上、自然を破壊していけばいずれ人類を滅ぼすことになるのは明らかだ。

・          アメリカナイズされた食生活

 マジョロのスーパーマーケットには、アメリカなどから搬入した大量の肉や加工食品や炭酸飲料などが並んでいる。

 違和感なく、子どもから大人までよくそうした食品を口にしている。アイスクリームを食べ、炭酸飲料の缶を飲む風景は、マジョロのどこでも見ることができる。

 ジャルートなどの島では、今でもパンの木の実を焼き(焼き芋のような味がする)、魚を捕って料理し、ヤシの実の汁を飲んでいる人は少なくない。マジョロでもかつてはそうであった。それが急に糖分も多く高カロリーの食生活になったのだから、体の機能がおかしくなり、当然のこととして健康上の問題が発生する。糖尿病など生活習慣病の急増である。

輸入する加工食品でなく、自然から入手する食品でくらす伝統的な食生活を、子どもを含めて人々に呼びかけたカラー刷りのポスターがあった。しかし、美味しさやぜいたくを一度でも経験すると、そこから抜け出ることは至難の業である。むしろ更なる美味しさやぜいたくを人間の欲望は求めるものだし、マスコミや教育までもがそれを応援している今日、食生活がさらに悪くなることはあっても、改善することは極めて難しい。

では日本の食生活はどうだろうか。1960年代からハンバーグやコーラの利用に代表される変化が進んできた。世界の中で日本の子どもだけに、視力の低下、高率のむし歯、増加するアレルギーが続き、食との関連も強く指摘されている。そのこともあって、国会で食育基本法が近くまとまりそうである。

ところで一般に食事の問題は、あくまで個人や自然科学(栄養学、医学など)の課題であるとしている。食育の議論もこの範囲をこえていない。しかし、食事は暮らしと密接に関わっており、暮らしは社会の一部である。つまり食事には、社会の有り様が深く関連しており、食事のゆがみがあって健康が病んでいるとすれば、それはその社会が病んでいる証拠でもある。

時間がなく効率を追求する社会では、ハンバーガーなどジャンクフード(ゴミの食品)を炭酸飲料で流し込むことが当たり前となる。もしくはファースト・フードでなくても、我が国ですでに1兆円の産業となったサプリメントの利用も同じである。

アメリカナイズされた日本の食生活も、社会の有り様との関係で課題を掘り下げる必要がある。

こうしてみるとマーシャルに発生している環境や食生活は、日本の問題を圧縮しており、我が身に置き換えて考えるヒントとなる。

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