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Blog:西村一郎活動日誌

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映像で伝える反戦・平和                   05.09.14

―市民が支える映像文化協会―

                  (財)生協総合研究所 研究員 西村一郎

・各地で自主上映が

 都内で上映会があり出掛けた。8月の中旬のそれも日中であり、冷房のきつい電車から降りてJRお茶の水駅から歩いていくと、すぐに汗がにじんでくる。いつも見とれてしまうニコライ堂の横を過ぎ、5分ほどで会場に到着した。

 2階の大会議室が、今日の「教えられなかった戦争・中国編」の上映会場となっていた。ロビーでは何本もテーブルが並び、関連する図書の販売やチラシなどの配布が行われていた。今回の映画でもって、すでに「教えられなかった戦争」シリーズは5作目である。

このため1作目「侵略マレー半島」、2作目「フィリピン編―侵略・「開発」・抵抗」、3作目「沖縄編―阿波根昌鴻・伊江島のたたかい」、4作目「第二の侵略―開発・投資・派兵―フィリピン」のビデオテープなども並んでいた。

 入場券の販売も同じテーブルである。内側に老若男女の10人ほどのスタッフが並び、分担にそって動いていた。後で聞くと、それぞれボランティアとして参加して手助けしているとのことであった。

 会場に入る。低い壇上にはスクリーンがセットされ、客席の中央には小型の映写機が設置してある。

 開演になり、まずは製作と撮影を担当した高岩仁さんからのあいさつがあった。会釈をした大柄な高岩さんは、いつものようによっくりとかみ砕くようにして話を進める。

 「皆さんのご協力で、やっと教えられなかった戦争シリーズの5作目を完成させることができました。本当にありがとうございます。ところで今回の映画で中国をテーマにしようとしたとき、周囲の人たちから『なぜ中国なのか?』と言われました。これまでのマレーシアやフィリピンを舞台とした東南アジアと違うからです。

 確かに東南アジアと中国は違います。かつて東南アジアの各国は、日本と正面から闘うことをしませんでしたが、中国は別です。真正面から日本と闘ったのです。その実態を私は伝えたいと考えて作品創りをはじめました」

 高岩さんの挨拶が終わると、会場が暗くなっていよいよ上映の開始である。

・映画「教えられなかった戦争 中国編」

 正面のスクリーンに映像が出た。中国大陸北部の広い畑で、農夫のあやつる牛2頭が、ゆっくりと耕している。これから始まる壮大な歴史ドラマの導入であり、この静かな田園地帯に、かつて何があったのか興味を募らせる。

 画面は変わり、北海道のとあるブドウ園でモクモクと作業する初老の元日本兵を写す。かつて日本帝国陸軍の兵士として、中国山東省へ出兵したときのことを静かに話していた。

 「秋になって米や麦を中国の農民が収穫するときに、我々日本の兵隊が全部を略奪するわけですよ。豚や牛など何でもかっぱらってきました。まるで無人地帯をつくるようでした」

 画面には別の日本人の男性が登場し、当時の中国でのことを話していた。

 「兵隊では上官の命令が絶対で、上官が『あのカラスは白い』と言えば、誰も『カラスは黒い』と言うことができませんでした。中国人をチャンコロと軽蔑した呼び方をし、また兵隊同士を向かい合わせに立たせて殴り合う対向ビンタもありました。まるで動物扱いでしたね」

 そうした絶対的な上官から命令されて行った忘れられないことの1つが、生きている中国人に対する刺殺訓練であった。初年兵の一人ひとりが、縛り付けて泣き叫ぶ中国人の胸を銃剣で刺すのである。剣を突き刺したときの感触や、引き抜いたときに血しぶきがあたりに飛び散ったことを静かに話していた。

 「満鉄(満州鉄道)の各駅には、たくさんの綿花や食糧を積み上げてありました」

 かつての第二次世界戦争において日本軍が、いかに中国の人々や田畑などを、めちゃくちゃにして略奪したのかよくわかる。

 こうしてからタイトルの「教えられなかった戦争 中国編―侵略からの会報・革命―」が流れた。いよいよ本題である。

 画面一杯に世界地図が現れた。戦前の企業家グループが、日本のためにこの地域を手にしたいとして、大きな円を描いている。北はカムチャッカ半島からロシアの南部や中国北部、西はインド大陸、南はオーストラリアやニュージランド、東はハワイを含めた南洋諸島が入っていた。この広大な地域は、後に軍部が日本の生命線としたものとほぼ同じである。

 明治政府の掲げた富国強兵政策があり、そのため政府高官である伊藤博文の談話として、企業を発展させることが国のためになることを紹介していた。そこには、「ヨーロッパでは領土を増やすための戦争ではなく、企業を発展させる戦争が展開されている」ことに触れ、アジアの一員を離れてヨーロッパの仲間入りを目指すという、いわゆる脱亜入欧の日本もそれを見習うとした。

 こうした国をあげての大方針に基づき、日清や日ロの戦争を発生させて勝ち、その賠償金を使って兵隊や軍備をより強化し、さらに日本企業のためアジアへの侵攻を日本は強めていく。

 画面には多彩な人物が次々に登場して貴重な証言をしていく。中国帰還者連絡会とは、日本軍が中国に侵略して奪い、殺し、焼き尽くした後に、敗戦となって戦犯管理所で自らの行為を見つめ直した人たちの会であった。その人数は1109名もいた。ところでアジアで日本の戦犯971名が死刑となっているが、中国にいた人は一人も処刑されることなくやがて日本に帰ることができた。食糧や薬が極度に不足する中で、戦犯容疑者たちだけは手厚い保護を中国人から受け、自分たちの戦争中における残虐行為を本心から謝罪するようになっていく。

 中国侵略の予備軍としての役割を果たしていた元満蒙開拓青少年義勇軍は、中国北東部の住民を追い出した後に入り、財閥が欲しがっていた大豆の栽培と、銃を持って国境警備の任務についていた。

 さらには中国の民衆や人民解放軍の元兵士も登場して、当時の生々しい状況について証言していた。

 こうしてこの映画のために撮影した人は以下の通りである。

 元中国帰還者連絡会の方15名、元満蒙開拓青少年義勇軍隊員1名、元731部隊員1名、元中国人民解放軍兵士5名、中国人炭坑労働者1名、中国人農民4名、万人抗記念館の方2名、元抗日義勇軍兵士1名、八路軍兵士1名、元解放軍兵士2名、共産党員1名、社会科学院の方4名。

 かつて日本軍は中国で「三光作戦」を展開した。三光とは、殺光(殺しつくす)、槍光(奪いつくす、焼光(焼きつくす)ことを意味する。このため映像にも出てくるように、たくさんの人骨の山である万人抗が各地にある。戦争が終わってその被害者たちが、食べる物が不足して空腹ですごしているときに、収容されている元日本兵たちは、米のご飯を食べさせてもらっていたというから驚きだ。

 中国共産党が、戦争を起こした財閥や天皇は打倒すべき敵としていたのに対し、その手先になって働いていた兵士は味方であると明確に区別していたことによる。

 戦争の発生する仕組みや、さらには中国で何が行われて、戦争が終わった後の状況などについて、私を含めて一般の人たちが知らないことがいくつも映像で流れた。

・観客に思いを伝えて

 1時間38分の上映が終わり、会場が明るくなると高岩さんは、再びマイクを手にして前に立った。

 「いかがでしたでしょうか。中国では日本軍によって2100万人以上の方達が殺されましたが、それでも中国では日本人を1人も戦犯として処刑することはありませんでした。蒋介石の軍隊に対しても同じです。捕虜として捕まえた兵士で、一緒に人民を解放するため自らすすんで働くようになった人もいれば、故郷に帰りたい人には帰り賃を与えて自由にさせています。

 こうした考え方は、沖縄の阿波根昌鴻(あわごん しょうこう)さんに通じるものがあります。阿波根さんは、農民が米軍の兵士よりも人間的には上だから、聖書を引用して米兵に説得して人間に直してあげようとしたのです」

 上映前の挨拶のときと同じように淡々と語る高岩さんである。

 「今、ジャーナリストのあり方が問われています。たとえば中国で天安門事件がありました。1つのホテルの前で起こった出来事だけを、日本を含めて西側のマスコミが一斉に世界中へと流しました。全てCIAの資金によって仕組まれていたことで、中国政府が民主主義を弾圧している事例として繰り返し強調されました。ところでスイスのあるジャーナリストは、天安門広場では何も起こっていなかったと話しています。

 日本で戦争を描くときにも問題があります。戦争は悲惨だとか可哀相だというレベルであれば、文部科学省も推薦してくれますので、制作資金を回収することも比較的容易です。ところが戦争は誰が必要としているのかにまで踏み込むと、文部科学省はもとよりとしてマスコミからもオミットされてしまうのです」

 これでは憲法で保障している表現の自由が守られていないことになるが、残念ながら日本の現実はそうなっているようだ。

 高岩さんに促されて、年輩のある女性が立ってマイクを持った。日本人であるが、中国で活躍した解放軍の看護婦として、16歳のときから8年間も働いた経歴をもっているとのことであった。

 「解放軍のある人が言った言葉を私は忘れることができません。みんなが貧しいことは仕方がないが、しかし、不平等だけは許すことはできないと話してくれたのです。これこそが中国における革命の本筋だと理解しました。

  戦争中に中国の人たちを強制労働させた花岡事件も、まだ解決されていない不平等の1例です。鹿島建設は国家の事業に沿っただけで、我が社に罪はないとして個人の賠償にはいっさい応えていません。ところが戦後鹿島建設は、国から数十億円を受け取っているのです。これほどの不平等がありますか」

 花岡事件の名称は聞いたことがあるが、こうして今も問題が続いていることを知って驚いた。

 他にも参加者から数名の発言があって上映会は終了した。それぞれ参加者は、感想文を書いてから出口で渡していた。

会場外のロビーでは、今日上映した映画「教えられなかった戦争・中国編」のビデオを販売していた。1本が1万5000円と高価なため、お金の無い人はビデオテープを持っていって、参加費をもらって地域で放映会をして集め、その後で代金の振り込みをしてもらうこともできるとのことであった。

映画の趣旨に賛同した人が核になり、各地で自主上映をするしか普及する手だてがないので、こうした信頼関係を前提とした工夫をしているのだろう。

 

・  戦争シリーズのきっかけ

次の上映まで時間があったので、その間を使って高岩さんから話を聞くことにした。まずは、どうした経過で戦争シリーズを制作するようになったのか尋ねた。

「元々私は東映という映画会社で働いていましたが、あまりにもくだらない劇映画ばかりを創る仕事が嫌になってやめてしまいました。当時のベトナム戦争、公害、社会主義国の現状、天皇、労働運動、差別などの重要なことが、かなりねじ曲げられて伝えられていることに気付き、人々にとって必要なことで、かつマスコミが取り上げていないことについて映画にすることにしたのです。

その頃のことです。1989年に文部省が学習指導要領を改訂し、『日の丸』と『君が代』を学校へ押し付ける動きが活発になったときのことです。大切な問題であるにもかかわらず、学校の先生たちもあまり事の本質を理解していないことがわかり、『日の丸』と『君が代』をテーマにした解説記録映画を制作することにしました。

そこでこの分野に詳しい東京都立大学の山住正巳教授と、東京学芸大学の海老原治善教授に協力してもらって、32分の映画『日の丸と君が代』を創りました」

具体的な内容として、当時としては国歌や国旗としての法的根拠はなにもない/天皇制を定着させるために「君が代」を国歌として学校へ持ち込んだ/「日の丸」も教育の場で国旗として普及させて侵略戦争の先頭に掲げた/朝鮮や中国など日本に侵略された国は「日の丸」や「君が代」が何をもたらしたか忘れていない/今また「日の丸」や「君が代」を学校に持ち込んできたねらいなどである。

この映画は推薦団体である日本教職員組合、国民文化会議、教科書問題を考える市民の会などを中心として普及が進んだ。

・  戦争の原因追及を

高岩さんの話は続く。

「『日の丸』と『君が代』の映画を制作した後で、もっと本格的に戦争のことを知るためには、東南アジアの現地を見ることが大切であることを教わりました。そこで何度もマレーシアを訪ねて歴史の掘り起こしをしている筑波大学付属高校の高嶋伸欣先生に同行し、『教えられなかった戦争 侵略・マレー半島』を制作したのです。

マレー半島の現地に入って、現地の人から『何をしにきたのか』と聞かれたので、『撮影したい』と伝えました。すると『日本人は戦争の原因追及をしていない』と非難されたのです。

同じことはフィリピンでもありました。著名な歴史学者であるレナト=コンスタンティーノさんから、『軍人や政治家は、操り人形の役割を果たしただけで、莫大な利益を上げてきたのは財閥や資本家です。しかし、日本の教科書は、ひとつもそのことを書いていません』と指摘されたのです」

確かにそうである。近代の歴史を扱った教科書では、日本の軍部の暴走として「満州事変」などをとらえ教えている。

映画「侵略・マレー半島」では、「1467人が殺されたイロンロン村」や「村ごと焼き払われたパリッティング」など、日本軍の行った残虐行為から生き残った証人の他に、以下のような貴重な証言を映像におさめている。

イギリスのスズ鉱山を三井が接収した/日本の戦争と三井の関係/クーデターに資金を提供して南方侵略を推進した徳川義親と石原広一郎

さらに高岩さんは、「戦争は1945年で終わっているのでは決してない」と聞かされてショックを受けたという。

「戦争はとっくの昔に終わったものだと、私は信じ疑っていませんでしたからね。ところが聞くと、一方的な日本のODAや核廃棄物による住民被害など、今でも苦しんでいる人がたくさんいるというのです。戦前の社会構造がそのまま続き、形を変えてマレー半島で暮らす人々の命や健康を日本の企業が脅かしているのです。その現場も案内してもらい驚きましたね」

具体的には次のようなテーマで、戦争が終わってからも形を変えて現地の人々を日本が苦しめていることを映像におさめている。

三菱系企業の放射能公害を告発する/放射能による健康被害を調査する/先天性の障害児を産んだ放射線被曝者

シンガポールのある歴史学者は、次のようにこの映画を推薦している。

「このフィルムで語られていることは、シンガポールやマレーシアの人々の誰もが知っている歴史の常識である。しかし、日本の多くの人々にとっては、初めて触れる事実であり、ショッキングな内容だろう。これは日本人の歴史認識とシンガポール人やマレーシア人の、歴史認識の隔たりの大きさを物語っている。互いの間に存在するこの落差は、相互理解と交流の大きな障害になっている」

こうして「教えられなかった戦争シリーズ」の第1作目となった。

・  前後して朝鮮問題などもテーマに

高岩さんは、教えられなかった戦争シリーズだけでなく、他の社会的に大切なテーマについてもそれ以前から作品化している。

「朝鮮通信使は、江戸時代に12回にもかけて朝鮮から日本にやってきた一行を、津島から江戸までの道順に並べた歴史ドキュメンタリーです。この一行から日本人は、多くの学問や文化などを学びました。大正時代までは日本の教科書にも載っていましたが、昭和に入ってからはなくなっていました。そこで在日朝鮮人の方たちが、朝鮮人であることを誇りに思うことができるようにと企画し、機材を乗せた車で対馬から順に撮影しつつ東京をスタッフと一緒に目指しました」

こうして完成したのは、以下のような概要で50分の「江戸時代の朝鮮通信使」である。

「江戸時代徳川政権が、『通信の国』として外交関係を結んでいたのは朝鮮と琉球だけでした。その朝鮮から江戸時代に12回、大規模な文化使節団が日本を訪ねて、活発な文化交流を行っていました。この使節団には多くの優れた学者や文化人が加わっていて、日本に数多くの先進的文化をもたらしました。江戸時代、アジアとの有効関係の象徴です」

この映画は、文部省選定で日本映画ペンクラブ推薦を受けている。

「朝鮮問題をテーマにしたものでは、『解放の日まで』もあります。これは『在日朝鮮人の戦前の運動史』とのサブタイトルを付け、九州から北海道まで現地を訪ね、日本人にやられっぱなしでなく、人間としての最低限のものを守るため抵抗した証言を映像にしました」

実に3時間20分にも及ぶこの映画の紹介記事である。

「日本植民地下の朝鮮で土地を取り上げられた農民や、強制連行の朝鮮人は、過酷な労働条件のもと日本各地で働いていました。しかし、彼らはただ黙ってこき使われていただけではありませんでした。自分自身と祖国の解放のために、各地で闘っていました。北海道から九州まで、その現場と体験の証言を求めて記録した映像による歴史の資料集」

他には家永三郎さんの闘いを中心とした記録映画「教科書裁判」がある。「歴史の法廷で裁かれるもの」との副題を付けた40分のそれは、以下のような内容である。

「歴史の真実を隠そうとする教科書検定や、子どもたちの感じ方や考え方まで枠にはめてしまう教科書検定を認めるわけにはいきません。過去の皇民化教育と沖縄戦での住民犠牲に焦点をあて、戦前の教育と現在の検定が隠そうとする歴史的事実を明らかにしながら、現在の教育を検証しました」

この映画には、「教科書検定訴訟を支援する全国連絡会」が協力している。

・  苦心作を各地の支持者が自主上映

高岩さんに映画の作り方を尋ねた。

「細かいシナリオは僕の場合ありません。アウトラインをまとめた企画書を作り、それを映像文化協会に集まる協力者に見てもらって協議を重ねます。

記録映画を創るためには、まず制作する自分たちでよく勉強しないとだめですね。そのために時間もお金もかかります。三井物産の社史をどうしても見なくてはならなくて、都内の古本屋を探しました。やっと見つけた新書版の小史で8万5000円するし、戦争中の大豆の扱いを知るためには本社史を読むしかありませんでした。何と40万円もしたのですが購入して読みまして、2週間後で同じ古本屋に持っていくと25万円でしか引き取ってくれないこともありました」

最近はインターネットなども利用し、文献や人物などの検索をしている。こうして苦労して制作した映画は、各地の有志が中心になって自主上映をする。埼玉や横浜や北九州など、必ず上映してくれるグループが各地にあるという。要請があると高岩さんは、テープと映写機を持って全国のどこにでも出掛けて上映し、かつ話をして参加者と交流する。その中には、いくつかの地域生協や医療生協も含まれている。

そうした繰り返しで今や全国各地にネットワークができ、新しい映画の紹介などもする映像文化協会発行のニュースは、実に毎回1万3000人に届けているとのことだからすごい。これだけの数になるとニュースの袋詰めや発送作業も大変で、以前から近くにある障害者のグループにお願いしている。

・  教えられなかった戦争シリーズ

こうした制作が、やがて「教えられなかった戦争シリーズ」へとつながり、侵略マレー半島の1作目に続き、以下のような作品群で戦争の原因や過去だけでなく今日の問題を事実で問い詰めている。

2作目「フィリピン編―侵略・『開発』・抵抗」(1時間52分)

「日本によるフィリピンへの侵略は、1945年で終わっていませんでした。アジア太平洋戦争中に110万人ものフィリピン人を殺害し、あらゆる資源や産業を略奪して、アジアの中で自国だけを経済発展させようとした日本が、今現在も開発・援助の名目でフィリピン民衆を犠牲にして経済発展している事実を直視してほしい」

3作目「沖縄編―阿波根昌鴻・伊江島のたたかい」(1時間52分)

「『私たちの平和運動は、沖縄の米軍基地を撤去させるだけでなく、日本の平和憲法を世界に広めて、地球上から戦争をなくす。そして世界中で作り出される富を、全ての人々が平等に分け合えるようになるまで続けるのです』と語る阿波根昌鴻さんの思想形成史を、沖縄の歴史と重ねながらたどってみた」

日本のガンジーとさえ言われていた阿波根さんが、子どもたちの前でわかりやすく平和の尊さを話す場面などがある。何回か会った生前を思い出して懐かしかった。なおこの作品は、1998年度キネマ旬報ベストテンで文化映画部門1位に入賞した。

4作目「第二の侵略―開発・投資・派兵―フィリピン」(1時間20分)

「アメリカの軍事力に守られたフィリピン軍が武力を使い、外国資本が有利に投下される条件整備を行っている。ミンダナオでは3年間で70万人を超える先住民が、空軍に爆撃され陸軍の銃剣で脅かされて、住居を破壊され土地を強奪され難民になっている。そこには既に、油田や鉱山や食物プランテーション開発関連の外国企業の現地事務所ができ、熱帯林の伐採が始まっていた。このような所に投下した資本は、軍事力なしには企業活動を維持していくことは不可能だろう。今アジアに投下している資本は、日本が最大になっている。資本家が自国の軍隊に資本を守らせようとするのは当然で、日本の有事法制や憲法改悪の源が見えてくる」

タイトルの「第二の侵略」は、1994年に日本のODAを使って、フィリピンのバタンガスで軍が1500家族5000人を一晩で強制撤去させ、国際貿易港を造ったときに地元の町長が泣き叫んだ言葉である。フィリピンからの安い価格の裏には、こうした事実が隠されていることを、日本で暮らす我々は知っておかなくてはならない。税金の一部はこうした使い方がされている。

・  抱負は

高岩さんの抱負を尋ねた。

「昨年は7つの大学で特別講座を担当させてもらいました。ある都内の大学で、戦争の原因は利権が必ず関係しているとして、今回のイラク戦争についてもアメリカの石油との関わりを数字と事実でもって説明しました。ところが次の週に講義したある著名な女性が、『アメリカはイラクに民主主義を定着させるために軍隊を送った』と説明したため、学生が大騒ぎになったそうです。

 ぜひ学生さんたちに、もっと事実を知ってもらいものですね。マスコミは本当のことをいつも言っているわけでなく、今も続く戦争の原因をきちんと説明していません」

 日本のマスコミが本当のことを必ずしも伝えてないことを、国内にいると信じない人もいるだろう。しかし、たとえば「国境なき記者団」が言論の自由度を国別で評価したとき、アメリカは31番目で、日本はイスラエルと同じ44番目であった。

 「これまで制作したビデオは、それぞれ約1000本出ています。各地で自主上映をしてくれて、平均すると100名ほどが観ていますので、10万人には映像が届いていると思います。自費出版のブックレット『戦争案内』は、すでに1万部出ています。資金はなかなか回収できなくて大変ですが、映画にせよ本にせよ、続けていることによって確実に広がっていきます。

 これからも朝鮮、台湾、ベトナム、インドネシアなどを舞台として、『教えられなかった戦争シリーズ』を、みなさんの協力もいただきながら創っていきたいものです」

 まさに「継続は力なり」である。戦争の原因を掘り下げ、事実を映像で浮き彫りにしようとする高岩さんの姿勢に共鳴し、協力しようとする人がこれだけいるからまた次の制作にもつなげることができる。

 最後に生協への期待を尋ねた。

 「東南アジアからの安い農産物には、単体作物を作るため自然環境を破壊した広大なプランテーションで作ったものが多くあります。そのプランテーションを造るために住民を殺害したケースもあるし、今でも農民は農薬づけや借金づけとなっていることが少なくありません。

 生協で扱っている商品にもこうしたフィリピン産などが含まれており、安さの背景に無神経であってほしくないですね」

生協だけでなく、発展途上国から安い農産物を輸入している先進国で暮らす人々が、考えなくてはならない重要なことだ。

戦争を進めた構造が今日の日本にまで形を変えてつながっている中で、憲法9条を変えて戦争のできる国にしようとする議論がより高まりつつある現在、戦争の原因まできちんと浮かび上がらせている高岩さんの役割は、ますます高まっていくことだろう。反戦・平和を大切にする全国の生協の仲間に、ぜひ観て欲しい作品群である。

*映画や本の問い合わせ先

 〒227-0061 神奈川県横浜市青葉区桜台4-48

       映像文化協会  高岩 仁

   電話045-981-0834  fax 045-981-0918

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